午前中は社内の会議、午後からは取引先の業者との打ち合わせがある。その間を見計らって、打ち合わせの資料を作成しなければならない。
 社長室の広い部屋の中、桃花は専属秘書のために宛がわれたデスクに座って、カタカタとキーボードを叩きながらPC資料作成をおこなっていた。
 しばらく経った頃、さっと頭上に影が差したが、無視をしてキーボードを叩き続けた。
 なんとなく何者かの視線を感じるが、仕事中だし無視したかったのだけれど、桃花の堪忍袋の緒がプチンと切れた。

「二階堂副社長! もう、ちゃんと仕事をしてください! さっきからずっとこっちを見てるじゃないですか!」

「桃花ちゃん、やっとでこっちを見てくれた!」

 桃花はハッとしてしまう。
 どうやら相手の術中に嵌ってしまったようだ。

「午前中の会議は無事に終わったんだしさ、午後の仕事までの間は休憩だよ。休憩。それにさ、俺の専属秘書さんの機嫌伺いも、上司の俺にとって大事な仕事の一つかなって思ってさ」

 総悟が何か企んでいるかのような笑みを浮かべると、ジャケットのポケットに手を当てながら、桃花のことを見下ろしていた。

「ねえ、桃花ちゃん、午後まで時間あるからさ、遊びに行かない?」

「行きません! それと、仕事中のちゃん付けもおやめください」

 すると、総悟がクスリと笑んだ。

「じゃあ、仕事以外の時に呼ぶことにするね」

(この人に揶揄われてる……!)

 桃花はカアッとなって抗議した。

「そうやって、不真面目な態度をとる人は嫌いです!」

「もう、仕方ないなあ。今までの子たちなら、一緒に遊びに行こうって言ったら、簡単に話に乗ってくれたのにさ」

「……プライベートなら話は別です。就業時間内はちゃんと仕事をしないといけません。労働の対価にお金をもらってるんです」

「じゃあ、プライベートなら良いってことだね」

 桃花はまたしても墓穴を掘った気持ちになった。なんだか負けた気がしたのが嫌で、再びPCに視線を戻すとキーボードを叩き始める。

「日本は真面目に働きすぎなんだって。ドイツなんかは労働時間短いのに生産性高いしプライベートは充実させてるしさ。しかも、美味しいソーセージとビールをいつも食べたりしてて、俺たちもそんな風にした方が良いんじゃないかなって思わない?」

「ですが、決まりですし、ここは日本ですから。あと、ソーセージとビールを羨ましいって言うのは、なんだかおじさんっぽいので止めた方が良いと思います」

「うわあ、最近の若い子の言葉はきついな」

「今の発言も年齢を感じさせます」

 二階堂副社長はそれ以上はふざけた回答はしてこなかった。

「……決まりに従順みたいだね。じゃあ聞くけど、桃花ちゃんは、上司に人を殺せって言われたら、実際に殺しちゃうの?」

「え?」