面接を済ませた桃花が扉の外に向かうのを、椅子に座ったまま総悟は黙って見ていた。
 パタン。
 乾いた音を立てて扉が閉まる。
 今日の仕事はまだ残っているから取り掛からないといけない。
 だけど、総悟は呆然として微動だにしなかった。
 しばらく経ってからポツリと呟く。

「白昼夢じゃあ……ないよね」

 再び目の前に桃花が現れたことが、まだ現実のこととして受け止められないでいる。

「どうせ断るからと思って、面接に誰が来るか竹芝から聞いてなかったけど、ちゃんと誰が来るか聞いておけば良かったな」

 彼はそっと上着のポケットに手を当てて深呼吸をした後、デスクの引き出しに後生大事に仕舞っているとある物に手を伸ばした。

『……君が俺のそばからいなくなって……』

 それから先の言葉は、桃花には聞こえていなかったようだった。
 だけど、聞こえてないようで良かったと安堵していた。
 総悟はくしゃりと顔を歪める。

「『君のことを忘れた日はなかった』だなんて……すごく未練がましいよな」

 あの夜、桃花に誓った約束。
 もしかしたら彼女はそれが嫌で逃げ出したのかもしれないし、そんな約束もうすっかり忘れてしまっているかもしれない。
 だから、自分の抱く想いが負担になったら困るかもしれないと、咄嗟にどう振舞えば良いか分からなくてしまった。

「ますます嫌われたかもね……」

 総悟は自嘲すると、手にしたものをそっと抱き寄せる。
 それは、かつて一度だけ抱いた彼女の柔らかさを思い出させる唯一の手掛かりだった。

「ずっと探してたのに見つからなくて……生きててくれて……それだけで……」

 総悟は桃花の残した白いブランケットに顔を埋める。


「俺はずっと……桃花、君を……」


 歓喜と憂慮が入り混じった彼の声音が、室内に静かに響いたのだった。