そこで彼はピタリと口を閉ざした。
 桃花は総悟の視線を受け止める。
 一瞬、彼の瞳が揺れ動いたかのように見えた。
 何か言葉を紡いだようだが、距離が少しだけあるせいで聴こえない。

(総悟さん、私だって気づいた……?)

 分からなかったけれど、桃花は背筋をシャンと伸ばして真っすぐに前を見据えた。

「お久しぶりです、竹芝副社長からのご依頼を受けて戻って参りました、梅小路桃花です」

 そうして、桃花は深々と頭を下げる。
 揃えた指先が小刻みに震えている。
 まるで時間が止まったかのように静かだが、秒針の音がチクタクと聞こえるので止まってはいない。
 どれぐらいの時間経っただろうか、顔を上げるのが怖くて黙っていたら、総悟が声をかけてきた。

「……ひとまず面接書類に目を通させてもらおうか」

 桃花は顔を上げると、総悟の座る机に向かってツカツカと歩き、彼と対峙する。
 ビジネスバッグに仕舞っていた書類を取り出すと、震える両手で総悟に手渡した。
 受け取った彼が面接書類に目を通す。瞳が左右に動く様を、桃花は黙って見ていた。

(総悟さん、二年前よりも精悍さが増している)

 窓から差し込む光が、総悟の色素の薄い髪をまるで金の如く輝かせる。
 伏し目がちになっているので、今は翡翠色の瞳はよく見えない。
 凛々しさと雄々しさを兼ね備えた顔立ちは健在だ。
 スーツを着崩して着用しているところも昔と変わっておらず、はだけた開襟シャツの隙間から骨ばった鎖骨に厚い胸板が覗く。
 しかしながら、放つ色香は以前に比べてますます強くなっていると言えよう。

(元々、綺麗な顔立ちで素敵な男性だったけれど、二年前以上に凛々しくなっていて、新進気鋭の青年実業家らしくなっている)

 こんな時だというのに、桃花は総悟に思わず見惚れてしまいそうで、自身の心を律した。
 書類の全容に目を通した彼が、彼女へと視線を戻してくる。
 翡翠色の瞳は、二年前までは間違いなく柔和で穏やかでしかなかったのに、今はどことなく暗い侮蔑を宿しているようだった。

「……それで? 無職の期間が二年ぐらいあるみたいだが、何かアピールできることはないのか? この二年の間で資格が増えたりもしていないようだけど」

「それは……」

 桃花は口ごもってしまった。
 かつては甘い言葉を囁きかけてくれていた総悟。

「副社長の専属秘書を逃げ出したような人物に、社長の専属秘書が務まるとは到底思えないけれど」

 だけど、二年前とは違い、現在の彼の態度は厳しいものだった。