「ああ、梅小路さん!」
「……竹芝部長……!」
なんと、そこに立っていたのは、二年前にお世話になった竹芝部長だったのだ。
一気に二年前の二階堂商事で秘書をしていた頃の記憶が蘇ってくる。
桃花はシャンと背筋を伸ばすと、竹芝と対峙した。
相変わらず柔和な表情を浮かべているが、以前に比べると少しだけ顔色が冴えない。
(まさかまた会えるなんて……)
けれども、心の奥底で少しだけガッカリしている自分に気付いてしまう。
(私ったら何を期待していたの……?)
そもそも自分の中で結論は出ていたはずだ。
(そう、総悟さんにとっての私は、同情で近づいて一時的に興味を持って慰めただけの存在にすぎないわ。それにしたって獅童を連れてきていたら、竹芝部長に総悟さんとの子どもだって気付かれてしまっていたかもしれない)
この場に獅童を連れて来なくて良かったと、ひとまず安堵することにした。
桃花は深呼吸をすると、竹芝と対峙する。
「竹芝部長、どうしてここに……?」
桃花が困惑していると、竹芝が穏やかな口調で話をはじめた。
「梅小路さん、ずっと探していました。京香も心配していましたよ」
「京香さんも心配してくださっていたんですか?」
「もちろんですよ」
《《ずっと》》という言葉に桃花は引っ掛かりを覚えつつも、どうやら竹芝の妻である京香にも心配をかけてしまっていたようで、桃花としては申し訳なくなってしまった。
俯いてしまった彼女に向かって、竹芝が続ける。
「梅小路さんに頼みがあって参りました」
「頼み、ですか?」
あんな風に突然仕事を辞めてしまった自分に頼みだなんて、いったい何だというのだろう?
すると、思いがけない発言が彼の口から飛び出してきた。
「二階堂総一郎会長からのお願いでもあります」
「会長から……?」
まさかの二階堂グループの総帥直々の願いだなんて……
桃花はそこでハッとすると同時に顔色を失っていく。
(まさか色々と調べて、獅童のことがバレてしまったんじゃ……)
胸がバクバクとおかしな音を立てはじめる。
勝手に二階堂グループの血を引き継ぐ子を産んだのだと責められでもしたら?
お金持ちの人たちは醜聞を避けると聞いたことがある。
獅童と引き離されてしまったらと思うと恐怖で身が竦んだ。
(どうしよう……)
桃花が不安にさいなまれていると、竹芝部長が優しく声をかけてきた。
「真面目な梅小路さんのことだから、突然中途退社したことを気にしているのかもしれませんが、大丈夫です、そんなに思いつめないでください」
桃花の緊張は完全には解けないままだったが、しっかり竹芝の目を見ることにする。
すると、彼がやや緊迫した声音のまま告げてきた。
「梅小路桃花さん、会長からも多額の報酬を渡すように告げられています。その代わりに、総悟の専属秘書にどうか戻ってもらえませんか?」
「え?」
相手からの思いがけない契約を持ち掛けられ、桃花は驚きで目を見張ったのだった。