(もう私には関係がない人だけれど……)

 また近い場所で働き始めたら、総悟に獅童のことが気づかれる確率が高くなるのではないだろうか?
 そんな疑問を抱いたけれど、桃花はすぐに首を横に振って否定する。

(冷静になるのよ、桃花。区が変われば分からないはずよ。そもそもすごく人が多い場所に住みさえすれば、すれ違ったって分かるはずはないわ。それが都会の良いところでもあるんだから……)

 ――決断の時は迫ってきている。

「獅童、ママ、また頑張って働くね、パパがいなくても立派に育ててみせるから!」

「まま!」

 獅童の太陽のような笑顔を見ていると、自然と勇気が湧いてきた。

(獅童がいるから頑張れる……!)

 せっかくだから祖母の家に戻って、WEBサイトで求人募集の案内を探してみることにしよう。

「よし、じゃあ、帰りましょうか、獅童」

「うん!」

 にこにこ笑う我が子を連れて、桃花が畦道を歩きはじめた瞬間。

「桃花!」
「桃ちゃん!!」

 どうしてだか、祖父母が二人して血相を変えてこちらに向かってきていた。
 桃花もびっくりしていたが、獅童も目を真ん丸にしてびっくりしていた。

「どうしたの、おじいちゃん、おばあちゃん?」

 桃花が問いかけると、興奮した様子で祖父が喋る。

「お前に話があるって、偉い高級そうなスーツを着た兄さんが東京から来たんだよ!」

「え?」

 祖母が継いだ。

「獅童のパパじゃないのかい?」

「え? そんなはずは……」

「ほら、獅童のことは預かっておくから、行っておいで!」

 そうして、獅童のことは祖母に預けて、桃花は祖父母の家へと歩きはじめた。 
 まさか、総悟がわざわざ自分のことを探しに来たとでもいうのだろうか?

(いいえ、そんなはずないわ……)

 今更だ、もう二年経ってしまっている。
 今のご時世……というよりも、総悟は金持ちなのだから、興信所なり探偵なり雇って、桃花のことはいくらだって探すことができたはずなのだ。
 だけど、二年間、彼が彼女の元に会いに来ることはなかった。

(優しい総悟さんのことですもの、写真の綺麗な女性と結婚しているに違いないわ……)

 そんなことを思いつつも、心のどこかで何かを期待している自分がいる。
 そうして、祖父母の住まいである古き良き建物の前へと足を運ぶ。
 そこにいたのは……
 スーツをびしっと着こなしている、とびきり身長の高い男性。

 ドクン。

 桃花の心臓が跳ね上がる。

 ドクンドクンドクン。

 相手がこちらを振り返る。

 そうして、彼女を見ると、ゆっくりと口を開いた。