(……子どもを命がけで産んで、それで母親の方が死んだら元も子もないじゃないか)
母体死亡のリスクは低くなっているとはいえ、この世に確実なことは存在しない。
そのたった数%に当たったら、どうするというのだ。
(人に絶対なんて存在しない。数%でもリスクがあるなら、当たる時は当たるんだよ)
総悟はギリリと歯噛みした。
同時にポケットの内側に忍ばせている写真にそっと手を当てる。
今生きている人以上に大切な者なんていない。
(そもそも俺に子どもは……)
桃花が子どもを欲しているのだとしたら、間違いなく自分は男性として不利な状況に立たされていると言えよう。
そこに行きつくと、総悟の中に一気に焦燥の波が押し寄せてくる。
最近の桃花の淡々とした調子を思い出す。
漠然とした不安が総悟の胸の中に広がりつつあった。
(今までだったら、こんな思いをすることなんて、なかったのにな……)
あの夜、彼女を初めて抱いた日から、相手にどう思われているのかが、彼は無性に気になるようになっていた。
(いいや、そうじゃない。きっと、もうずっと前から……)
だがしかし、疲れているからだろうか、総悟は再びウトウトしはじめて、夢の世界に潜りこみかけていた。
夢現の中、総悟は桃花との思い出を反芻していた。
初めて会った時、桃花はまだ小さかった。
『生まれてこなければ良かった人間なんて、この世にいるはずがない』
あの時、激しい後悔に苛まれていた総悟にとっては、ものすごく救われる言葉だった。
そうして、十年近い月日が経って、二階堂商事の新入社員面接に来た時に、桃花があの時の子だと総悟はすぐに気付いた。
『あの子、もう大人になったんだ』
なんとなく昔と雰囲気が変わっていたから、何があったんだろうと気になってしまって、毎日彼女の動向を竹芝に聞いていた。
そうして、専属秘書にして、一緒に働き始めた日。
規則にうるさいくせに、それを破ってでも、総悟が大事にしている写真を取り戻してくれた日から……きっとずっと、大人になった桃花のことが総悟の胸の内を占めている。
(焦りは禁物だって分かっているけど、早く桃花ちゃんと話がしたい。それにしたって、俺、変な発言か何かしたかな?)
桃花のことになると、総悟は余裕を失くしてしまう。
どうにかして急がなきゃと思ってしまっていたけれど……
(あの人みたいに――自分の前から大事な人が突然いなくなるわけじゃない)
もう二度と会えなくなるわけじゃないんだから。