桃花の胸がぎゅっと苦しくなった。

(総悟さんはやっぱり写真の女性のことが大事で……私は試しに付き合っても良いぐらいの存在でしかない……)

 総悟の言い分だと、子どもが欲しいわけではないのなら……桃花のことは恋人ですらなく愛人かセフレか何かとしてずっとそばに置きたいということだろうか?
 桃花の全身がわなわなと震えて、その場に立っているのもやっとだった。
 総悟が伏し目がちになった。日本人離れした翡翠の瞳に色濃い影が落ちる。

「……俺は、とにかく自分の子どもは必要ないんだ」

「総悟」

「そもそも桃花ちゃんはまだ二十二歳だよ。子どものことなんて、今考えることじゃない。俺だって考えたくもない」

 妊娠を告げられた時以上の衝撃が身体を襲ってきていた。
 ぐわんぐわんと周囲の風景が歪んで見える。

 ……この人は何を言っているんだろう?

「総悟、それでは話が通らなくなる時が必ず来ます」

 竹芝が諭すように告げると、総悟がふうっと溜息を吐いた。

「竹芝の言いたいことだって、頭では分かっているんだ。だけど、どうしても感情が追い付かない」

「総悟……」

「桃花ちゃんと過ごしている内に、もしも大丈夫だって思えるようになったら、その時はちゃんと考えるよ。だけど、今の俺には到底無理な話題だ……これ以上、この話はよしてくれ」

 すると、竹芝が謝罪を述べる。

「いいえ、当人同士の話だというのに、私の方こそおかしな質問をしました」

「いいよ、別に。あ、そうだ、竹芝、京香さんに今女性の間で何が流行ってるのか聞いてよ。実は桃花ちゃんにさ……」

 総悟は竹芝との会話を続ける。

(総悟さんも喜んでくれると思っていたのに……)

 だけど、それは桃花の勝手な期待でしかなかったのだ。
 
(私は総悟さんのことが好きだから、好きな人の子どもを授かれて最初は戸惑ったけれど、すごく嬉しかったのに……)

 子どものことまでは確かに考えが及んでいなかったかもしれないけれど……
 桃花は総悟のことが好きだからこそ身体を委ねたのに……

(女性に対して本気になったことがない総悟さんと私とじゃ、身体の関係になることの意味合いが全く違ったんだわ……)

 そもそも男性と女性とでは性行為に対しての考えも違うという。
 桃花は自身の下腹にそっと手を当てた。

(私と総悟さんの赤ちゃん……)

 桃花の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。

 扉の向こうでは、総悟が幸せそうに何かを喋り続けていた。

 ……だけど、それ以上は総悟の話を聞くのが怖くて、桃花は相手に気付かれない内にと、脱兎のごとく逃げ出したのだった。