採用試験の時には、総悟は桃花のことに既に気付いていたようだ。

(総悟さん、私のことを元々知った上で傍に置いてくれていたのね)

 桃花は嬉しくなってなんだか胸が熱くなってくる。

「ですが、総悟、ずっとそばに置いておくというのは、専属秘書として、でしょうか?」

「どういう意味なの、竹芝?」

 すると、竹芝が表情を引き締める。再び空気が硬いものへと戻った。

「ただの上司と部下にしては距離が近い。鈍いと言われがちな私ですら、さすがに分かります。専属秘書としてではなく、これから先ずっと一緒に過ごすのだとしたら……いずれは子どもの話を避けては通れなくなりますよ」

 すると、総悟が口を開く。

「……彼女が俺と付き合ってから色々決めたいって言うんだったら、しばらく試しに付き合う期間を設けても良い。だけど、俺は……」

 彼の口調はどこか冷淡なままだ。

(何だろう、胸がざわざわしてきた……)

 これ以上は彼の話を聞いては危険だと、彼女の頭の中で警鐘が鳴る。
 けれども、桃花が扉の前を離れる前に、総悟が答えを口にしてしまった。


「子どもは必要ないと思ってる」


 桃花の身の内に衝撃が走った。

(今、この人はなんて言ったの……?)

 普段は優しくて穏やかな印象の強い男性なのに……子どものことを話す総悟はひどく冷たく見えた。
 彼が何を話しているのかが、うまく頭の中で咀嚼できないでいる。

「大事なものを失うぐらいなら……最初から子どもなんて必要ない……欲しくないんだよ」

 総悟の放つ言葉の数々が、鋭い刃になって桃花の心臓を抉ってくる。
 まるで世界がガラガラと音を立てて崩れていくようだ。

「だけどさ、竹芝、昔から一緒に過ごしているお前なら、よく知ってるだろう? そもそも俺に子どもができるなんて……万が一にもあり得ないってことをさ」

 桃花はみるみる顔色を失っていった。
 全身の震えが止まらない。

「総悟、もしも将来的に恋人なり夫婦なり、ずっとそばに置いておきたいというのなら、ちゃんと自分の考えは伝えた方が良い。教えないのはフェアじゃない。あと、試しに付き合うとかなんとか、梅小路さん本人に伝えたら、おかしな誤解を受けて嫌われてしまいますよ」

 竹芝にくどくど言われた総悟がうんざりした調子で答えた。

「試しにって言ったのは、俺がそもそも今まで特定の女性と交際した経験がないからだよ。それに、恋人にしても良いんだけど、それよりも、俺は彼女に……」

 総悟が上着のポケットに手を伸ばす。高級そうな黒い箱を忍ばせているのが見えたのだけれど、同時に、彼が後生大事に所持している写真がチラリと見え隠れする。