桃花の心臓がドキンと跳ねる。

(子どもの話題……)

 個人的にはタイムリーな話題だった。

(総悟さんは何て答えるの?)

 桃花がドキドキと総悟の反応を待っていると……

「子どもの話は控えてもらいたい」

 総悟から発されたのは、今まで聞いたこともないような、地を震わすような低い声だった。
 先ほどまでは優しい雰囲気だったのに、場の雰囲気が一気にピリピリしはじめた。

(何だろう、この感じ……)

 桃花はなんとなく嫌な気配を感じてしまった。
 だがしかし、男性社員は上機嫌に話を続ける。

「副社長も結婚すれば子どもが生まれるかもしれないでしょう? だから、子ども好きなのかどうなのかと気になりまして……ひっ……申し訳ございません」

 そこでやっと総悟の異変に気付いたのか、男性社員が慌てて頭を下げると、急ぎ足で退室した。
 彼とすれ違わないように、桃花は柱の陰に隠れてやり過ごした後、そうっと副社長室の中へと視線を戻す。

(もう一人誰かいると思ったら、竹芝部長だったのね)

 せっかくだから扉をノックして部屋の中に入ろうとしたら、竹芝が総悟に向かって声をかけた。

「総悟はやはり十年前の彼女の件が引っかかっているんですね」

 ドクン。
 今日の桃花の心臓は忙しなく鳴る。

 ……十年前の彼女の件。

(きっと写真の女性のことよね?)

 彼女とは女性を指す彼女のことだろうか?
 それとも、総悟の交際相手という意味の彼女なのだろうか?
 桃花は話の続きが気になってしまい、またしても話を立ち聞きする格好で立ち尽くしてしまった。
 しばらく経った後、総悟が物憂げな表情を浮かべながら返事をした。

「そうだね……」

 それ以上は触れてはいけないと思っているのか、竹芝も慎重に言葉を選んでいる雰囲気を感じた。

「総悟、そういえば、梅小路さんのことはどうするのですか?」

 今度は突然、自分の話題が上がってきたので、桃花の心臓がドキンと跳ねる。

(私のこと……)

 総悟が自分のことをどう思っているのか気になる話題だ。

「桃花ちゃん? まあ元々は三か月だけ専属秘書にするつもりだったけど、これからもずっとそばに置いておくつもりだ」

 総悟の言葉を聞いて、桃花の身体がビクンと反応した。

(元々は三か月だけのつもりだったのね……)

 すると、竹芝が首を横に振りながら返答した。

「総悟、貴方のはしゃぐ様子を見て、三か月とは言わず、ずっとそばに置きそうだと、私は思っていましたけれどね」

「え? そんなにはしゃいでたかな?」

「ええ、『あの時のあの子を見つけた!』って、採用試験の時に、ものすごいはしゃいでいたじゃないですか? 入社したらすぐに『やっぱりこれは運命だ、専属秘書にしたい』って騒ぎ出すわで……」