社内の電話が鳴り響いた。
 総悟が受話器を取って対応をはじめる。

「ああ、さっきの会議の内容で気になることがある? 分かった、だったら副社長室に来てくれ」

 どうやら総悟の副社長としての仕事はまだ残っているようだ。
 彼は桃花の方を振り向くと申し訳なさそうに告げる。

「ごめんね、桃花ちゃん、まだ話が長引きそうだから、先に帰っていてほしい。続きはまた明日ちゃんと聞くから」

 気合を入れて構えていた分、彼女は拍子抜けしてしまう。
 すると、総悟が桃花に向かって淡く微笑んできた。
 彼女の鼓動はドキンと跳ねる。

「俺も君にちゃんと伝えたいことがあるから」

 ……総悟が桃花に伝えたいこと。
 彼女は胸がムズムズして気になってしまったけれど、ぐっと我慢する。

「分かりました」

 少々残念だが仕方がない。
 名残惜しそうな総悟に一礼すると、桃花は副社長室をあとにした。

(総悟さんが私に伝えたいことって何だろう?)

 総悟の微笑みを思い出すに、きっと吉報に違いない。

(もしかすると、ちゃんと恋人にしたいって告白してくれるのかも……)

 桃花は期待に胸を膨らませながら社内を颯爽と歩いた。
 正面玄関を出ようとしていたら、ふと忘れ物に気付く。

「あ……私ったら、大事なものを忘れてきちゃった……!」

 両親に貰った白うさぎのマスコット。

(あんなに大事なものを忘れちゃうなんて……!)

 やはり妊娠しているからか完全には本調子とは言い難い。
 なるべく走らないように注意しながらエレベーターに戻る。
 副社長室の中へと続くドアノブを開けようとして、そういえばまだ総悟は社員と会話中だと察した。
 ちょうど少しだけ扉が開いている。
 立ち聞きはあまり良くないとは思ったが、桃花は中の様子を少しだけ伺うことにした。
 どうやら室内にいるのは三人。
 総悟と机を挟んで反対側に立って会話しているのは、彼よりもだいぶ年配の男性社員だった。総悟に対してもフランクに声を掛けている。もしかすると昔からの知り合いなのかもしれない。
 男性社員が溌溂と喋りはじめた。

「そういえば、副社長、特定の恋人ができたという噂は本当ですかね?」

「俺に噂があるの?」

 総悟の問いかけに対して、男性社員が笑った。

「ええ、そろそろ副社長もご結婚かと社内で噂が立っていましてね。めでたい、めでたい」

 男性社員の話を聞いて桃花の心臓がドキンと跳ねる。
 
(もしかして私たちの噂……?)
 
 忘れ物はもう明日にして帰れば良かったのだけれど、桃花は内容が気になって聞き耳を立ててしまう。
 すると、男性社員が笑顔を浮かべたまま、総悟に向かって問いかける。

「そうだ、そういえば副社長は、お子さんはお好きなほうですかね?」