総悟からものすごく真剣な眼差しを向けられてしまい、桃花は少しだけ困惑してしまう。
 本当にちょっとだけ普段よりも体調が優れないだけだというのに、今生の別れでもしそうなぐらいの視線を向けられてしまっていたのだ。

「ちゃんと……病気じゃないかどうか、教えてほしい」

「それは、もしも病気だったとしたら、個人情報ですから教えることは……」

 だが、見上げた総悟の表情は硬かった。
 桃花がそんな風に返したならば、普段なら、「じゃあ、仕方ないからいいよ」と軽く流されそうだというのに、今日の総悟からそんな軽い雰囲気は微塵も感じられなかった。

「社員の健康管理も管理職の仕事の内だ。教えてもらわないと困る」

 鋭い視線を受けて、桃花はビクンと身体が跳ね上がる。
 有無を言わさぬ言い方とはこのことだろう。

(普段は割と不真面目で軽いノリなのに……)

 桃花は胸の前でぎゅっと手を合わせる。

「分かりました。だけど、診断名は伏せてもよろしいですか?」

「……それは良いよ。だけど、ちゃんと病気じゃないなら病気じゃない方が良いんだ」

 ふわりと総悟の纏う雰囲気が変わり、元々の人懐っこい印象の青年に戻った。

(こんな微熱、たいしたことないのに。こんなに心配されるなんて……)

 その時、桃花の頭上にさっと影が差す。

「桃花ちゃん」

「え?」

 気づけば総悟の顔が目の前にあって……
 ちゅっと唇を奪われてしまう。

「な……!」

 タクシーの運転手さんの目の前でキスされてしまい動揺が激しい。

「桃花ちゃん、具合が悪いのにごめんね、我慢ができなくて……」

 桃花は羞恥で顔を真っ赤にしながら声を上げる。

「人前ではダメだとあれほど……!」

「ごめんね、今度はちゃんと隠れてするから」

 懐いてくる犬のような瞳を向けられると、桃花はうっと言葉に詰まる。

(その顔をされたら、私は弱いんだってば……!)

 そうして、彼女は俯きながら返事をした。

「分かりました」

 すると、総悟も目の下を少しだけ赤らめながら照れくさそうに微笑んだ。

「君が元気になったら伝えたいことがあるんだ」

 ……伝えたいこと?

 そうして、彼が少年のように無邪気に大きく手を振った。

「桃花ちゃん! じゃあね、行ってらっしゃい」

 タクシーの扉が閉まって走り出す。
 車体が見えなくなるまで、総悟はずっと両腕を大きく振って、桃花のことを見送ってくれた。

(総悟さんの伝えたいことって何だろう……)

 桃花の胸が期待でいっぱいになる。
 まだ具合が悪いけれど気持ちは前向きなまま病院へと向かうことになった。