総悟と桃花の二人が一夜を共にして一か月程度が経った。
 あれ以来、彼の彼女の甘やかし方というか、溺愛ぶりが激しくなって、片時も離したくないといわんばかりに傍に置かれた。
 桃花の住んでいるマンションの近くまで朝も迎えに来るし、夜だって毎日豪勢な食事に連れて行かれる。
 仕事中だって、うっかり気を抜くと、「可愛い」だとか「そばにいて」だとか、甘い言葉を囁いてきそうな雰囲気がすごい。もちろんちゃんと仕事はしてくれているので文句はないのだけれど……

(社内で噂になってないか心配になってきた。私がシャンとしなきゃダメ)

 とはいえ、夜を共にしたのは、あの夜だけだ。
 あとはとにかく会話を大事にしてくれている。
 年齢が五歳離れているから、学生時代に好きだった音楽や流行ったものなんかが違うので、話していると新たな気づきもあって面白い。
 総悟は一時期日本の大学にも籍を残していたこともあるらしく、当時の話を聞くとやっぱり年が離れているんだなと桃花は実感した。

(総悟さんの新たな一面が知れて楽しい)

 どんどん総悟との距離が縮まっていくようで毎日が嬉しくて楽しくて仕方がなかった。

(異性と一緒に過ごして、こんなに幸せな気持ちになったのは初めてだわ)

 まだ一夜を共にする前に貰った腕時計。
 色とりどりの花々が描かれたそれには、実は桃の花も描かれていたことに気付いて、桃花はなんとなく恥ずかしいし、むずがゆい気持ちになったのだ。

(適当に選んだんじゃなくて、総悟さんが私のことを想って選んでくれたんだって思ったら、この腕時計のこと、もっと好きになれた)

 あの夜以来、桃花は薔薇色の毎日を過ごしていたのだ。
 それにしたって……

(なんだろう、今日は特にクラクラする)

 彼女はデスクに戻って椅子に着席すると、ふうっとため息を吐いた。
 実は最近、微熱が続いているのだ。
 それに、なんとなく胃がむかむかして吐き気もする。

(時期的に梅雨だし、嘔吐下痢症か何かにかかってしまった?)

 とはいえ、お腹は壊していなかった。
 とにかくどことなく調子が悪い日々を過ごしており、すっきりしなくて気持ちが悪い。
 再び桃花が溜息を吐くと、近くにいた総悟がそっと彼女の肩に手を置いてきた。
 
「桃花ちゃん、調子が悪いんだったら、ほら、今日は帰って大丈夫だよ、病院に行っておいで」

「ですが……」

「つべこべ言わない、ほら、明日からちゃんと仕事してもらうからさ」

 総悟の優しい笑みを見て心臓がドキドキと跳ねる。

「わ……分かりました」

「素直でよろしい」

 そうして、荷物を抱えると、総悟に正面玄関まで送ってもらった。
 タクシーに乗せられた後、総悟に声を掛けられた。

「あのさ、桃花ちゃん!」

「え?」