夜。高層ビルの向こう側。どこよりも高い場所にあるため、都会だけれど月が見える。
 桃花は二階堂副社長に横抱きに抱えられ、庭園のあるバルコニーから部屋の中へと戻った。大人五人ぐらいは余裕で横たわれそうな広々としたベッドの上へと連れて行かれる。
 室内の白色灯はまだ煌々と輝いていて、彼の綺麗な横顔をじっくりと眺めることができる。
 すっと通った鼻筋は日本人離れしていて、凛々しく引き結ばれた唇に、首にある雄々しい喉仏や隆線を描く鎖骨は、どこか官能的だった。

(二階堂副社長と私は今から……)

 ……ドクン、ドクン。

 自身の鼓動が煩いぐらいに音を立てていた。
 桃花は確かに酒に酔っていたが、もうすっかり風に当たって意識はしっかりしてきていた。だというのに、熱に浮かされたかのような浮遊感が消えてくれない。
 他の男性に同じようにベッドに運び込まれでもしたら、間違いなく抵抗しているだろう。
 だというのに、抗うことなくなすがままになっている。
 
 ……もう桃花も二十二歳の大人だ。

 二階堂副社長とはこれまでに何度かキスをした。
 今は高級ホテルの一室で一緒に過ごしている。
 自意識過剰になってしまっているかもしれないが、これから男女同室で一夜を共にするのだとして……この先何が起こるのか想像が全くつかないわけではない。

(自意識過剰になり過ぎているのかもしれない)

 頭の中で理性がそう訴えかけてくるものの、彼に何をされるのだろうという期待と不安が、桃花の全身を支配していた。
 ギシリ。
 滑らかなシーツの上が敷かれた弾力のあるベッドの上、彼女はまるで壊れ物のように横たえられたかと思うと、彼の大きな掌が彼女の頭を何度か慈しむように撫でてきた。

「桃花ちゃん、拒むなら今の内だよ」

 彼女が見上げると、彼の優しくも熱情の宿る翡翠の瞳が目に飛び込んできて、心ごと蕩けてしまいそうだった。

(私は二階堂副社長とどうなりたいの……?)

 桃花は自問した。
 自分はこれから先いったいどうしたいのだろうか?
 彼とどうなりたいのだろうか?
 ずっとずっと一人で頑張らないといけないと思って生きていた。
 だけど、誰かに頼ったとしても嫌われない、大丈夫なんだと初めて実感を与えてくれた異性。

(それがこの人……)

 評判通り優しくて気さくな男性だった。
 噂とは違って仕事にも他者にも誠実に対応できる人でもあった。
 まるごと自分のことを包み込んでくれそうな包容力も持ち合わせていて……
 だけど、時折寂しそうに微笑む姿を眺めていたら、目が離せなくなっていって……
 いつの間にか、どんどん惹かれていったのだ。

(私は、二階堂副社長のことが……この人のことが好き)