(仕事はできるはずなのに、すこぶる就業態度が悪いという噂がある)

 他の人たちよりも能力に恵まれたのが良くなかったのかもしれない。
 御曹司ゆえに何をしても許されると思っているのかは……本人のみぞ知る。

 ……特に問題は、女性関係。
 社内でもかなり悪い噂が立っている。

(女性社員をとっかえひっかえ専属秘書にしては弄んでポイ捨てする、悪の所業をおこなっているとかいないとか……)

 雇った秘書たちと一定期間仕事をしたら、解雇してしまうのだ。
 つい先日も秘書課所属の女性が解雇されてしまっている。
 勿論、二階堂副社長の歴代の専属秘書たちには男性もいるのだが……
 退職した女性社員たちが、こぞって「二階堂副社長に身も心も弄ばれた」と吹聴してまわっているのだ。
 仮に噂が真実だったのだとして、父親であるグループ総帥・二階堂総一朗は、息子・総悟の悪行に気付いて放置しているのか、それとも気づいていないのか判然としない。

(所詮、噂は噂だし……)

 桃花としては、何かおかしな評判や噂のある人でも、ちゃんとその人と接してから見極めることにしている。
 実際に両方の言い分を聞いてみないと、被害者と加害者の立場ははっきりとは分からないことの方が、この世の中には多いからだ。

(けれど、火のないところに煙は立たないともいうし、トラブルを起こす人だと考えれば、用心に越したことはないわね。私は絶対に解雇されるわけにはいかない……)

 自動車から医療機器まで幅広く機械類の開発から製造までを手掛けている二階堂グループ。その中でも、機械開発部門を担っている二階堂商事。
 大学時代の同級生たちの職場の話を聞くに、二階堂商事はとてもホワイトな企業のようなのだ。
 かなり割の良い仕事を手放すわけにはいかない。
 それなりに気の合う男性と恋をして、仕事も役職に就いた頃に、結婚して、子どもを産んで、育休や時短業務を活用しながら子育てをしっかりおこないつつ、仕事にも精を出して、ゆくゆくはマイホームを購入し、定年前まで務め上げるのが夢なのだから。

(今のご時世だと、この夢を叶えるのは至難の業。だからこそ、福利厚生もしっかりしているホワイトな上場企業であるこの会社で絶対に働き続けたい……!)

 桃花の秘めたる闘志が燃え盛る。

(……だなんて、二階堂副社長の専属秘書になったわけでもないし、これから先一生縁のない話だし、関係はないか……)

 とりあえずしっかりと二階堂総悟の話に耳を傾けることにした。
 桃花はシャンと背筋を伸ばすと、キリっとした表情になると、礼儀正しくお辞儀をする。

「二階堂副社長、お初にお目にかかります」

「……うん、まあ、初めてかな? 俺は初めてな気がしないけど」

 さも以前から知り合いであるかのような、そんな気軽さを醸しながら、二階堂副社長が砕けた調子で話しかけてくる。
 きっと普段から、こんな調子で女性を口説いているのだろう。

(二階堂副社長のそばには華やかなタイプの女性が多い。私とは違う系統だし、口説かれているわけではないとは分かっているけれど……)