「その子から離れろ」

 桃花にとって耳障りの良い声音。
 職場でいつも聞きなれている……彼の声。

(この声……)

 鼓動が跳ね上がった後、一気に胸が躍り立つ。
 桃花はゆっくりと声のした背後へと視線を移す。
 そこには彼女の目当ての人物が立っていた。

「二階堂……副社長……」

 登場したのは、二階堂総悟だった。
 最後に社内で見たスーツ姿のままだ。
 夢だろうかと何度か瞬きをしたが、何度見てもそこに立っていた。
 どうやら今度こそ夢ではなく、現実のようだ。
 二階堂副社長が桃花の座る座席へと近づいてくると、チャラい青年のことを見下ろした。かなりの長身だし、凄むとものすごい迫力がある。

「……っ……」

 チャラい青年は見下ろされて怯む。
 桃花の声が上ずった。

「二階堂副社長、どうして……こちらに……?」

「そんなの、ここがうちの系列のホテルだからに決まってるでしょう? 調べさせたらすぐに分かるよ」

(あ……)

 桃花は自分の迂闊さを呪った。
 二階堂副社長が男との間に割って入ると、桃花のことをぐいっと抱き寄せる。

「桃花ちゃん、出るよ」

「ええっと……その……」

 正直なところ、あまり二階堂副社長と出会いたくなかった。
 彼に助けられて嬉しい気持ちと、だけど、このまま好きになってしまいたくない。
 そんな両極端な感情で揺れ動いてしまう。

「助けてくださって……ありがとうござい……ます……それでは……」

 桃花は、二階堂副社長の胸板を押して逃げようとする。お金を払うためにカウンターに向かおうとしたのだが、酔いが回りすぎているのか、千鳥足になってしまった。
 ヒールを履いているせいで、よろめいてしまい、前のめりに転んで膝を打ち付けてしまう。
 そんな風に思っていたはずだったが……

「どれだけ飲んだの……?」

 桃花の身体がふわりと宙に浮かんだ。

(あ……)

 気づいた時には、二階堂副社長の腕の中、お姫様抱っこをされてしまっていた。
 呆れたように溜息を吐かれると、なんだかいたたまれない気持ちになる。

「ええっと……そのう……」

「さあ、行こうか」

 客たちからジロジロと視線を受ける中、桃花は二階堂副社長に横抱きにされたままバーから連れ出されたのだった。