(あ……)

 突然触れられたので動揺してしまう。
 すると、彼が嬉しそうな笑みを浮かべる。

「ねえ、桃花ちゃん、良かったら今度デートがしたい。遊園地なんかどうかな? そういうの好きそうだよね?」

「え?」

 デートに誘われてしまい、ますます桃花は戸惑いを隠せない。

「それは……」

 すると、彼が縋るような表情で彼女に訴えかけてくる。

「嫌なの?」

「……そうですね、考えておきます」

「そんなこと言ってるうちに逃げたりしない?」

「え?」

 桃花は相手から視線を逸らす。

「そんなことはしません」

 すると……

「本当に逃げない?」

 二階堂副社長の声音が真摯なものへと変わったので、桃花の心臓がドキンと跳ねる。

「ええ、もちろんです」

「だったら……」

 彼の掌が彼女の頬に添えられた。

「あ……」

 気づいた時には、互いの鼻先が触れそうなぐらい近くに彼の顔があった。
 初めて出会った時もこのぐらい顔が近かった。
 あの時は、単に異性との距離感に慣れていなくて動揺したのだが、今はそうではない。

(私は二階堂副社長に……)

 間違いなく惹かれている。
 そんな彼の唇がゆっくりと近づくと……
 彼女の唇にそっと触れた。

(まさか……私、二階堂副社長とキスしてるの……?)

 夢でも見ているのだろうか?
 けれども、彼の顔があまりにも近くにある。

(……っ……!)

 彼の唇がゆっくりと離れる。
 桃花はびっくりしすぎて身体を石のように固くしてしまった。
 突然の出来事に思考が追い付かない。
 しかも、女性慣れしているはずの二階堂副社長が、どうしてだか頬を朱に染めていた。
 桃花が固まったままでいると、副社長が恥ずかしそうに自身の唇を掌で覆っていた。

「なんだか学生時代に戻ったみたいな気持ちだ」

 桃花が何も答えることができないでいると、頬を朱に染めた副社長が縋るような眼差しを向けてくる。

「誓いのキス……俺から逃げないって約束して」


 ……誓いのキス。


 現実に起こった出来事だとだんだんと実感が湧いてきて、桃花の頬がかあっと朱に染まっていくと同時に、恥ずかしさといたたまれなさが広がっていく。

「それでは!」

「あ、桃花ちゃん!」

 桃花はものすごい勢いで車の中から逃げ出したのだった。