「桃花ちゃん、竹芝と何遊んでるの……?」

 これまた背後から、二階堂副社長が姿を現わした。
 竹芝の身体がビクリと大仰に跳ね上がる。
 桃花は二階堂副社長に一礼した。

「二階堂副社長から出向いていただき、ありがとうございます。大変申し訳ございません。頼まれていた書類の申請は済んでおり、こちらにサインをいただいたものがございます」

「ふうん」

 しかしながら、二階堂副社長はやけに機嫌が悪かった。
 美形だからこそ、やけに凄みがある表情だ。
 なんだか人を殺しかけない雰囲気さえ感じてしまう。

(仕事中に他の人と話し込んでいたから不機嫌なの……?)

 桃花の頭の上に疑問符が飛んで回った。
 すると、二階堂副社長が竹芝に向かって凄んだ。

「竹芝は、俺の桃花ちゃんを独占しようとして……絶対に許さないから」

「……え?」

 そうして、なぜかその場で桃花は二階堂副社長に抱きしめられてしまう。

「この子を独占できるのは俺の特権なんだから!」

 突然仕事上のものとは思えない発言が出てきて、桃花はあんぐりと口を開く。しばらくして、恥ずかさが一気に最高潮を迎えてしまい、二階堂副社長に抗議をはじめた。

「副社長! 子どもみたいな態度はとらないでください!」

「だって、竹芝が俺の桃花ちゃんをかっさらおうとした……!」

「……部長はそんなことしてませんから! そもそも仕事中にやめてください!」

 わいわい話していると、なぜか竹芝部長は嬉しそうに微笑んだ。

「本当に良かった。どうぞ『運命の女性』とどうか幸せに」

「ちょっと、余計なこと言うなよ、竹芝!!」

 二階堂副社長が猛烈に抗議をはじめる。

(『運命の女性』……?)

 桃花の中に疑問が湧いたが、それには誰も答えてはくれなかった。
 竹芝部長は笑顔を崩さないまま、二人のそばから離れていった。
 すると、二階堂副社長が拗ねた調子でぶつぶつ呟き始める。

「もう竹芝のやつ、既婚者のくせして、本当に油断も隙もないんだからさ」

「ええっと、竹芝部長とは日常会話をしていただけなのですが……」

「それも嫌だよ、だって桃花ちゃん、俺よりも竹芝の方が好みでしょう!?」

「え?」

「男の好み。桃花ちゃんは真面目だから、竹芝みたいな優しそうなのがタイプかなって」

 突然、異性の好みの話になってしまって、桃花は戸惑ってしまう。

「それは……」

 彼の言う通り、異性の好みは竹芝部長だ。
 それで間違いないのだが、どうしてだか二階堂副社長の前でそれを言うのは憚られた。

(私は上司相手に何を気にしているの……?)

 二階堂副社長が拗ねたような調子で続ける。

「ほら、図星じゃんか。なんだよ、最近の俺って、結構真面目に頑張ってるのにさ、それでもダメなの?」

「ダメなのかと言われても……」

 何がダメだと答えて良いのか、さっぱり分からない。
 その時、桃花は二階堂副社長に抱きしめられている事実を思い出し、顔を真っ赤にして抗議をはじめた。

「副社長、仕事中に抱き着くのは禁止です!」

 しかしながら、二階堂副社長の腕の力はぎゅうぎゅうと強くなる一方だ。

「じゃあ、仕事中じゃなかったら良いってことだよね?」