桃花は数日前の出来事を思い出して幸せな気持ちになっていると、竹芝部長が会話を続けた。

「梅小路さん、最近、社内でも評判がすごく良いですよ。二階堂副社長が真面目に仕事をするようになったと、社員一同喜んでおります」

 竹芝部長の二階堂副社長への賛辞を耳にして、桃花は自然と頬が緩んだ。

「副社長は元々できる人なのでしょうね、真面目にしていたら、すごく……」

 ……カッコいい。

(私ったら仕事中に何を言おうとしているの……)

 うっかり本心を口にしてしまいそうになった。
 けれども、専属秘書を務めている二階堂副社長が褒められるのは、桃花としても嬉しかったのだ。

「その副社長の本気を引き出しているところが評価されているんですよ」

「本気を引き出している?」

 副社長が本気を出している……の言い間違いではないだろうか?
 なんとなく話の齟齬を感じていると、竹芝部長から返答がある。

「そう、二階堂副社長の本気を引き出すなんて、梅小路さんの専属秘書としての手腕がすごいんだと皆が褒めているんですよ」

 話を噛み砕いて理解するのに時間がかかってしまった。

「え……!? 皆、ですか……?」

「ええ、秘書課だけでなく、経理や総務や……とにかく社内全体の噂ですよ!」

(もしかして、二階堂副社長じゃなくて、私が褒められているの!?)

 桃花は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
 自然と頬が赤らんでいく。
 不本意な仇名をつけられたりと嫌味を言われたりするのには慣れてしまっていたが……

(確かに竹芝部長は部下を褒めて伸ばすタイプの上司だけれど……)

 こんな風に面と向かって褒められるのには慣れていないし、しかも社内の皆から評判だと言われることには慣れていない。
 桃花はなんだか嬉しいやら恥ずかしいやらで、俯いて頬を朱に染めた。

「そ、そうでしょうか」

 すると、しばらく竹芝からの反応がない。

(調子に乗りすぎたかもしれない……)

 心の中で自省していた桃花に向かって、竹芝部長が涙ながらに訴えかけてくる。

「ええ、そうです、本当です! 本気です!」

(な、泣いてる……!? なぜ!? どうして!?)

 桃花が困惑していると、彼は切々と続けた。

「総悟は昔っからああいう子で、人を揶揄うようなところがあって、頭も良いからなかなか手に負えなくてですね……若い時分に色々あったせいで、なかなか女性関係も定まらず……そのせいで女性社員たちが浮足立ってしまって、すごく大変だったんですよ……!」

 どうやら竹芝部長は二階堂副社長と旧知の仲のようだ。

(竹芝部長は二階堂副社長のお兄さんみたいな立ち位置みたいね)

 生意気な弟の世話をする温和な兄の図が脳裏に浮かんできた。
 竹芝部長がこれまで二階堂副社長にどれだけ大変な目に遭わされてきたのかをつらつらと述べる。

「おかげで私は胃潰瘍になって何度か入院してしまって……もうこれ以上胃カメラ飲むの嫌なんですよ!」

 桃花は竹芝部長に同情した。

(よっぽど辛い目に遭ってきたのね……)

「それに……」

 竹芝社長が涙を拭きながら伝えてくる。

「あんなに冷たい雰囲気だった梅小路さんが、最近はすごく可愛らしいと、そちらも評判で……」

 ……その時。