二階堂会長との一件以降、二階堂総悟副社長はますます仕事をしっかりするようになっていた。
 桃花は今日も今日とて専属秘書として精を出しており、二階堂副社長に頼まれた書類申請業務を担っていたのだ。
 それを済ませた後、副社長室へと急ぎ足で戻りながら、彼に貰った腕時計へとチラリと視線を移す。

「二階堂副社長に頼まれていた書類の申請に向かっていたら、想像以上に時間がかかっちゃったわね。まだ次の会議までは時間があるから良かったわ」

 想像よりも仕事が早く終わったことにホッとしながら桃花が駆け足で廊下を進んでいると……

「梅小路さん」

 背後から声がかかったため振り返ると、そこに立っていたのは、竹芝部長だった。今日も柔和な笑顔を浮かべている。トレンドマークの眼鏡がキラリと光って爽やかだ。
 桃花としては見るだけで心が安らいだ。そうして、相手に向かって一礼する。

「お久しぶりです、竹芝部長」

「ああ、梅小路さん、どうぞ顔を上げてください」

 そうして、顔を上げると、竹芝から笑顔を返される。

(すごく優しくて大人な雰囲気で素敵だわ……奥様やお子さん思いだって評判だし……)

 こういう誰にでも人当たりが良さそうで、物腰も優雅な男性と結婚できたら、夢のマイホームマイライフも素敵なものになりそうだなと思っている。
 きっと、ほのぼののんびり幸せな家庭を築けるだろう。
 もちろん、桃花は竹芝部長に恋しているわけではない。
 理想的な家庭を築けているところに憧れていると言えよう。

(この間、奥様と子どもさんが一緒に会社にお弁当を届けに来ていたけど、すごく理想的なご夫婦だった)

 二階堂総悟副社長とも旧知の仲だという竹芝夫妻。
 竹芝部長の妻・京香は、金色の髪をマッシュボブに切りそろえており、キリリとネコのような愛らしい瞳の持ち主の快活な女性だった。
 せっかくだからと、副社長室に顔を出してきて、桃花を見るなり大声を上げた。

『ちょっと、総悟くん、うちに顔出さないと思ったら、こんな可愛い娘を侍らせてただなんて!』

 あげくの果てに、京香は桃花を抱きしめてきた。
 そんな二人を眺めながら、二階堂副社長がぼやく。

『京香さん、桃花ちゃんは侍らせてるんじゃないよ。秘書は確かに上司の補佐をするけど、俺は支えてくれる対等なパートナーだと思ってるんだからさ。もう、京香さん、離れてよ』

『ええ、いやだ。抱き心地良いもん。ねえねえ、桃ちゃんっていうの? 総悟くんのことで困ったら、お姉さんがなんとかしてあげるから頼ってちょうだいね!』

 そうして、竹芝部長の妻・京香さんは言いたいことを言うだけ話した後、嵐のごとく去って行ったのだった。

(苦労性の竹芝部長だけど、ああいう天衣無縫……もとい天真爛漫な女性が奥さんなのは意外だった。けれど、すごく幸せそうだったし……今も部長から幸せオーラを感じる)