桃花が困惑していたら……

 ビー

 ちょうど部屋の訪問ブザーが鳴った。
 二階堂副社長は一瞬うんざりした表情になったが、すぐにキリリとした表情に戻る。

「無視しよう」

「無視したらダメですよ!」

「いいや、別に良いさ」

「ダメですってば!」

 桃花の抵抗空しく、再び二階堂副社長の顔が近づいてきた。
 だがしかし……

 ビー

 ビー

 ビービー

 訪問ブザーはしつこく鳴り響く。
 あまりにも鳴りすぎて、無視したくても無視できないレベルだ。

「……こんな朝早くに何なの?」

 総悟が舌打ちをして一気に不機嫌になった。

「ああ、もう、なにっ……!?」

 桃花から離れた総悟が扉を開く。
 そうして、待ち構えていた相手を見て、目を見開いた。

「親父……!?」

 立っていたのは、二階堂グループの会長・二階堂総一朗その人だったのだ。

(まさか、新入社員の挨拶なんかでしか見ない、雲の上の人がこんなところに……)

 白髪の髪を後ろに撫でつけており、白くふさふさの髭を蓄えている。
 かっちりとスーツを着こなしており、総悟のように砕けた印象は一切ない。
 ツカツカと室内に入るなり、低い声で述べた。

「お前は就業態度が良くないと聞く。副社長なのに皆の手本になるつもりはないのか?」

 二階堂会長の険しい表情に対して、総悟はといえば無表情だ。

「わざわざ会いに来て説教ですか、会長様ともなれば、お暇なようで?」

 だがしかし、息子の挑発には乗らないようだ。

「……タイムカードの履歴を見るに、今日も遅刻寸前だ」

(確かに就業規則は守れていないわ……だけど……)

 桃花は総悟と会長の間に割って入った。

「会長! 失礼ですが、二階堂副社長は、困っていた妊婦さんを助けていたんです!」

 二階堂会長の頬がピクリと反応した。
 総悟がびっくりした表情を浮かべている。

「確かに遅刻は悪いことだったかもしれません。ですが……」

 二階堂会長が口を開く。

「……君は総悟の新しい専属秘書の梅小路桃花さんだね」

「はい……」

 さすが職員のことは全て熟知しているようだ。

「だったら今日の一件は水に流そう。だがね、これまで、歴代の秘書たちを勝手に解雇したと聞いているんだよ、それについてはどう思っている? 君も私の息子の気まぐれで退社させられるかもしれないんだよ?」

 二階堂会長にまっすぐに見つめられると、緊張して足先が震えてきた。
 だけど、ちゃんと自分の目で見てきたこと、考えを相手に伝えないといけない。

「二階堂会長、その件についてですが、これまでの二階堂副社長の専属秘書の経歴や、残した文書やデータなどを見て気づいたことがあります」

「ほお、なんだね?」