二階堂総悟副社長の専属秘書になってから一か月近い月日が経った。
 桃花は副社長室の鍵を渡されており、早朝から出社して部屋の整理整頓をおこなっている。
 専属秘書専用のPCやデータ管理を任されているのだが、整理している内に気付くことがあった。
 何に気付いたのかというと……

(二階堂副社長に弄ばれたのが原因で退職したと噂されている女性たち、もしかすると……)

 結論付けてしまうのは早計かもしれないが、とある可能性に辿り着いていたのだ。

(だけど、私の推測通りだとしたら……どうして二階堂副社長は周囲に何も言わないでいるの……?)

 考え事をしていた桃花だったが、ふと別のことが気になって、腕時計を見る。
 愛らしいピンクの薔薇のイラストが時計盤には描かれており、鍵の形をした時計針が愛らしいデザインのものである。

『俺の専属秘書を一か月務めることができたお祝いね!』

 二階堂副社長が先日そんなことを言ってプレゼントしてくれたものだった。
 チクタクと時間を刻む音を聞いていると心が和む。
 同時に、針が差す時刻を見て、なんとなくソワソワしてしまった。

(それにしたって、今日は遅いわね……)

 わりとギリギリの時刻に来そうな雰囲気の彼だが、始業五分前には到着していることが多い。
 だというのに、今日はもう始業時間を過ぎてしまっているではないか。

「副社長から連絡も来ていない……何かあったの?」

 両親の一件もあり、待てど暮らせど連絡がないのが、怖くて仕方がないのだ。
 ざわつく胸を抑えながら深呼吸をする。

「玄関まで行ってみましょう」

 桃花は心配になって、エレベーターホールへと向かった。
 正面玄関の付近に人だかりが出来ているではないか。
 しかも、耳を澄ませば、救急車の音も聞こえてくる。

「何……?」

 桃花の中にざわざわとした感覚が駆け抜ける。
 なんとなく血の気が引いていった。

(あ……)

 実際に両親の交通事故の現場を目撃したわけではない。
 彼らが運ばれた先の病院に、新たに駆けつけていた救急車の音が駆けつけてきた時のサイレンの音が耳に残って、聞くだけでなんとなく気持ちが悪くなることがあるのだ。
 それに……

(まさか、二階堂副社長が事故に遭ったんじゃ……)

 想像するだけで心臓が早鐘のように鳴り響き始めた。

(彼が事故に遭っていなくなってしまったら、私は……)

 どんどん悪い想像だけが膨らんでいく。
 頭の中が真っ白になっていくようだ。
 手足の先まで冷たくなっていく。
 どうにか手先に力を込めようとしたが入らない。
 
 小学六年生の誕生日の時が頭の中に浮かんで、まるでその場に縫い付けられたかのように動けなくなってしまった。

 ……怖い。

 だけど……


「……探さなきゃ……」