淡々とした口調で返すと、女性社員たちが怯んだ。
 バツの悪そうな表情を浮かべている彼女たちを尻目に、桃花は颯爽と踵を返した。
 扉が閉まる乾いた音が耳に届く。

(死んだお父さんとお母さんに言われてきたみたいに、背筋をシャンと伸ばして頑張らなきゃ。毅然とした態度でいないと、相手から馬鹿にされるだけで終わってしまう)

 正直なところ、両親を馬鹿にされて腹が立っていた。
 けれど、他者を貶めて楽しんでいるような奴らと同じ土俵には立ちたくなかったから、馬鹿にされて罵倒で返すなんて真似はしたくなかったのだ。
 叫びそうになる本心を腹にしまって、前だけを向いて歩く。
 桃花の両親は、小学六年生の頃に自動車事故で亡くなってしまった。思い出の中を生きる二人は、とても優しい父と母だった。

『桃花ちゃん、お仕事で忙しいけれど、私たちのことだと思って大事にしてね』

『うん、パパとママだと思って大事にするね』

 一人っ子だけど寂しい思いをさせまいと、よくぬいぐるみを買ってくれていた。
 クマに黄金の犬に白いねこのぬいぐるみ……小さなものから大きなものまで……色とりどりのぬいぐるみに埋め尽くされていた。
 桃花の背丈の半分ぐらいの白くてふわふわのうさぎのぬいぐるみが特に好きで、いつも抱きしめて眠っていた。
 「もうすぐ中学生になるから必要ないよ」と伝えても、部屋中を埋め尽くしそうな勢いで購入してきていたのを今でも覚えている。
 けれども、やっぱり物よりも二人との交流が欲しくて、小学校六年生の誕生日、両親にとある頼みごとをした。

『ぬいぐるみは良いから、今日は二人とも早く帰ってきて、桃花のお祝いをしてほしい』

 そうして、学校帰りに二人が誕生日ケーキを準備して帰ってくるのを今か今かと待って過ごした。
 だけど……祖母からの電話を受け取って、桃花は衝撃を受けてしまった。

『落ち着いて聞いてちょうだい。桃花ちゃん、お父さんとお母さんがね……』

『え?』

 両親が誕生日ケーキを買う際に立ち寄ったケーキ屋。運悪くその付近で交通事故に巻き込まれてしまい、亡くなったのだという。
 あまりの衝撃で、次の言葉が耳に入ってこなかったのを覚えている。
 とにかくショックで仕方がなかった。
 病院に運ばれた時、他にも救急搬送されていた別の家族がいて何か叫んでいたのだけれど……自分以外周囲から誰も人がいなくなってしまったような、そんな錯覚に陥ってしまっていて、記憶がかなり朧気だ。

『私が早く帰って来てってワガママさえ言わなければ……』

 代わりに父方の祖父母が親代わりになって育ててくれることになった。
 両親が亡くなってすぐは、いつもぬいぐるみに顔を埋めて泣いて過ごした日々を思い出すと、今でも胸がぎゅっと苦しくなってしまう。
 祖父母も裕福な暮らしをしていたわけではない。親戚の皆にも迷惑をかけるわけにはいかない。高校時代に皆が一緒に買い物や映画なんかに出掛ける時も、親の遺産に手をつけるのが申し訳なくて断って過ごしてきたのだ。
 両親が亡くなる頃までは、わりと甘えん坊なところがあったけれど、亡くなってからは「しっかりしなきゃ」と自分に言い聞かせて過ごすようになった。皆が楽しそうに遊んでいる時も、なんだか両親への罪悪感のようなものが消えてはくれなくて、それから自分の気持ちを抑え込んで生きるようになっていた。
 その後、地元の国立大学に合格し、アルバイトをこなして卒業し、現在に至る。