外は土砂降りのようだ。
 桃花が病院の待合室のソファの上に座っていたら、近くに座る美少年の前に、黒いスーツ姿のずぶぬれの男性が姿を現わした。年の頃は二十代半ばといったところだろうか。海外のアジアドラマの俳優さんみたいな、面長で品のあるすっきりした顔立ちの長身の美青年だった。
 青年がツカツカと黒革の靴を鳴らしながら近づいてきたかと思うと、少年の前に立ち尽くした。

『出張先に連絡があって……二階堂社長が今頃嗣子の説明を受けているはずだ。家族しか入室できないと、私はICUの中には入れてもらえなかった』

 青年から話し掛けられても、少年は黙って床を眺めているだけだった。

『家族が来るまで、医師も死亡宣告をせずに、待って、いたと……』

 青年の声が掠れて震えていて、なんとなく聞き取りづらかった。

『嗣子に何があったか教えてほしい』

 すごく綺麗な顔立ちの青年だったのに、夏祭りなんかで見る鬼みたいな表情へとどんどん変貌していって、桃花は見ているだけで怖くなってしまい、白いウサギのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。

『ドイツに向かう前、最後に会った時、嗣子は元気だった。車の損傷具合を聞くに、事故に巻き込まれはしたが、たいした怪我も負っていないと思う』

 少年はやはり何も言わないままだ。
 しばらく夜の待合室に沈黙が落ちる。
 青年のスーツから雫が滴る音がポタリぽたりと聴こえるだけだ。
 時計が二十三時を占めそうかと言う頃、痺れを切らしたのか、青年が大声を上げると同時に、少年の胸倉を掴んだ。

『言い訳でも弁明でも何でも良い! 何とか言え、総悟!!』

 青年が罵倒を浴びせ続けても、少年の瞳は虚ろで何も映してはいなかった。

『どうして嗣子が死なないといけなかった! お前がそばについていながら! 彼女の異常にどうして気づいてやれなかった! お前が……』

 青年が悲壮な叫びを上げる。

『お前が死ねば良かったのに!』

 桃花は目を見開いた。
 先ほど少年が『俺が死んだ方がマシだったのに……』と呟いていたことを思い出した。

(このお兄ちゃんも……)

 桃花は悟った。
 自分と同じように――自分のせいで、自分が余計なことを言ったから、余計なことをしたから、その場で気づいてあげられなかったから、自分に力がなかったから、だから誰かが命を落としたかもしれないと――心の中でもがき苦しんでいるんだと。
 桃花は白いウサギのぬいぐるみを抱きしめたまま、ソファから思い切って立ち上がる。

『子どもを残すことも出来ない……生きる価値もないくせに……! どうして嗣子が……お前が、お前さえいなければ……!』

 青年が美少年を突き飛ばして、そのまま殴り掛かろうとした、その時。