今日も桃花は無事に仕事を終え、帰路につくことにした。二階堂副社長と自身のデスクを整理整頓すると、デスク下からオフィスバッグを取り出して肩掛けする。
 彼も勿論業務終了しているので、気兼ねなく退室することに決めた。

「二階堂副社長、お疲れ様でした」

「お疲れ様、桃花ちゃん、今晩は接待も何も入ってないから、ゆっくり休んできてね」

「ありがとうございます」

 桃花は一礼すると、部屋の扉に向かって歩んだ。
 綺麗に仕事を終えることも出来たし、清々しい気分を満喫する。

(二階堂副社長、ちゃんと仕事したら本当に早いし丁寧で隙もない)

 なんとなくだらだら過ごすこともあった二階堂副社長だったけれど、最近はすごく真面目に働いてくれていた。
 態度に軽さはあるが、元々の性格だろう。見方を変えれば、老若男女問わずにフランクに接することができて、明るくて周囲の皆に優しい人だと言えよう。
 桃花にとって、二階堂副社長の中に尊敬できる点が日に日に増えてきていた。
 先日のエドワルド社長の一件以外でも、桃花が海外の顧客に対して戸惑いながら接待をしていたら、二階堂副社長が流暢な英語でそっとフォローに入ってくれた。帳簿の細かいミスもすぐに見つけて助けてくれる。

(二階堂副社長のそばで働いていたら、私の仕事に対する技能も向上してきている気がしてくる。尊敬できるところが日に日に増えてきてなんだか嬉しい)

 もちろん、尊敬できるようになってきたのは、彼の有能ぶりを見たからだけでなく、ずっと一緒に過ごしているせいもあるのかもしれない。
 なんとなく彼のことを考えると、心が浮足だってきた。
 ふと、桃花の脳裏に先日の写真の件が浮かんできた。

(それにしても、今時画像データじゃなくて、印刷された写真を後生大事に持っているなんて、すごく大事な女性だったんでしょうね……)

 女性関係の噂が派手な二階堂副社長だが、大事にしていた女性がいたということだろう。
 総悟は「特定の恋人は今はいない」と話していたので、彼女は元恋人か誰かなのだろうか?

(だとしたら、あの女性は過去にフラれた相手なのかしら?)

 どうしてだか、桃花はそんなことが気になってしまった。

(私ったら、おかしなことを気にしてしまっているわね。二階堂副社長は距離感が近い男性だけど、そもそも私と彼はビジネス上の関係でしかないのだから)

 恋愛関係については当人たちの問題だ。自分が気にして良い問題でもないだろう。
 桃花は浮かんでくる想像を心の中に押しとどめると、扉のドアノブに手を掛ける。

 その時。

 二階堂副社長のスマホの着信音が鳴り響いた。
 ついつい会話をする彼へと視線を向けてしまう。

「ああ、もしもし……今日の夜は会えなくなったんだ、分かった」

 彼がスマホをタップする仕草も優雅であるが、桃花はなんとなく電話の相手が女性かどうかが気になってしまった。

(毎日一緒にいるせいか、変ね……)

 本当になんだか最近自分でも自分の様子がおかしいと思っている。

(他の女性たちのように二階堂副社長の色香に惑わされておかしなことに発展して退職するわけにはいかないのに……)

 その時、二階堂副社長が桃花へと声をかけてくる。

「ねえ、桃花ちゃん、夜に予定はない?」

「え?」

「美味しいご飯を食べさせてあげるから、一緒に帰ってくれない?」

 突然、一緒に帰宅することになったのだ。