「まあ良いか、二人とも怪我はしてなさそうだしね」

 飄々とした言い回しをしながら、窓の向こうから何者かが部屋の中へと降り立つと、ガラスを靴が踏みしだく音が響く。

「遅くなってごめんね、桃花ちゃん」

 現れたのは――総悟だった。

「二階堂総悟!」
「総悟さん……!」

 嵯峨野武雄と桃花の声が重なった。

「さて、会社のことも大事だけどさ……俺の桃花ちゃんにちょっと触ったみたいだけど……覚悟は良いかな、義兄さん」

 総悟の瞳に仄暗い光が宿る。
 対峙した嵯峨野が大仰に眉を顰めた。

「君に義兄と呼ばれるなど、虫唾が走るな」

 しばらく対峙していた二人だが、嵯峨野が不敵に笑むと、まるで総悟を諭すように告げた。

「君がここに来ることは想定はしていたが、それ以上に早い動きだったな。というよりも、ここは五階だ、総悟くんはどうやって来たんだい?」

 総悟が部屋の中を歩くと、窓ガラスを踏んだ無機質な音がパキリと響く。

「どこも鍵がかかってるだろうし、普通に屋外からの方がこの部屋には入りやすいかなと思ってさ。屋上から壁を伝ってベランダに降りてきたけど?」

 どうやら総悟は屋上からこの部屋に侵入を果たしたらしい。
 嵯峨野が呆れたような声を上げた。

「相変わらず常識がないようだね、総悟君には……?」

「常識だとか、元々そんなものないよ。というか、日本人だけだって、そんな慣習に囚われやすいのはさ」

 総悟が嵯峨野と会話をしている間、桃花は獅童のことをそっと抱きしめた。

「獅童、ありがとう、助かったわ」

「まま!」

 桃花の傍に近づいてきた総悟が、獅童へと視線を向けながら呟く。

「さすが、俺の子どもだ。やるじゃん」

 なぜか得意げな総悟に対して、桃花は訝し気な視線を送る。

「嵯峨野が桃花ちゃんを突き飛ばすから、さっさと部屋に入りたかったんだけど、窓ガラスの軌道を考えたら、桃花ちゃんが怪我するからどうしようかなって思って、オモチャの音楽を鳴らして気を引いたんだよね。そしたらチビッ子が目を覚まして、しかもすぐに俺のことに気付いてくれた上に、反対側に離れろってジェスチャーにまで気づいてくれて、俺よりも大物に育つよ、絶対」

 総悟が心底嬉しそうに笑っているのを見ると、桃花の心が明るくなっていく。
 そうして、彼にそっと肩を抱き寄せられると、彼女は落ち着きを徐々に取り戻してきた。

「社長、それにしたって、どうしてこちらが分かったんですか?」

「ああ、それはね……」

 総悟が獅童のそばに置いてあったリュックを指さした後、獅童の手にある物をちょんちょんとつついた。