獅童は幸い眠っているが、どうにかしないと、このままだとマズい事態になるだろう。 
 こうなったら、イチかバチかで相手の急所を蹴り上げるしか方法はないかもしれない。

(こんなところで、こんな奴の好きにされてる場合じゃない)

 ソファの上で寝そべったままの桃花は、覚悟を決めると嵯峨野を見据える。
 そうして、蹴りを入れようとした、その時。

 ~♪~♪~♪

 突如、場にそぐわないポップなメロディが大音量で流れはじめた。最近流行のCMソングだ。
 今まさにソファに乗り上げてこようとしていた嵯峨野の動きが止まる。
 音の発信源はどうやら獅童のクマのキーホルダーのようだった。

「なんだ? 驚かすな、オモチャの音か、まったく」

 なかなか鳴りやまない音楽に対して、嵯峨野が眉を顰める。
 けたたましい音量だったからか、獅童が目を擦りながら身体を起こそうとしている。
 どうやらキーホルダーは音が鳴るタイプだったようだ。獅童にしていた総悟の説明をちゃんと聞いておくべきだった。

(それにしたって、獅童が起きてしまった……!)

 動揺する桃花を尻目に、目覚めた獅童は窓の向こうを見てなぜだかニコニコ笑っていた。

「総悟の子どもが目を覚ましたか、だったらちょうど良い」

 何がちょうど良いのかは知らないが、嵯峨野が桃花に手を伸ばした瞬間。

「まま!」

 獅童が簡易ベッドの上に立ち上がり、クマのキーホルダーを揺らした。
 すると再び大きな音が鳴り始める。
 ふっと室内に影が差した。
 ランプの光源が揺らめいたのかと思ったが、そうではないようだ。

「これだから、子どもは……!」

 嵯峨野が悲鳴じみた声を上げ、獅童からキーホルダーを奪うためなのか、態勢を整えようとしていた。
 その瞬間を逃さず、桃花はソファから跳ね上がると、獅童の元へと向かおうとする。
 だが、どうしてだか、獅童はベッドから飛び降りて、窓とは対角線上にある観葉植物の前に移動した。

「獅童、どうしたの!?」

「まま、こっち!」

 桃花が獅童に慌てて追いついた瞬間。
 部屋の窓の向こうから床に大きな影が伸びる。
 嵯峨野が背後を振り仰ぐ。

「何だ……?」

 その時。

 ガシャン!!!!

 大きな音が鳴り響いた。
 視線を向ければ、窓ガラスが割れて、部屋の中へと飛び込んでくる。
 部屋の中に湿気った風が舞い込んだ。
 破片が宙を舞う様はまるでキラキラと夜空に輝く星のようだった。

「ちょっとやりすぎたかも……」

 部屋の中に第三者の声が届く。
 馴染みのある声。

(あ……)

 桃花の心に火が灯る。