総悟の獅童送迎に慣れてしまっていた、とある日の朝。
 桃花は急ぎ足で会社に向かっていた。

「やっぱり車で通う方が時短になるのね」

 時計を見ればギリギリだ。
 結局、週明け以降、総悟の送迎の手伝いは数日間続いた。
 けれども、今日は早朝に海外の企業との電話対談があるとかで、総悟は早朝出勤をしていたのだ。
 桃花は獅童と一緒に久しぶりに地下鉄で子ども園に向かったら、たまたま遅延事故に巻き込まれてしまって、時間ギリギリになってしまったのだ。

(最近は総悟さんに甘えてばかりだったわ)

 ふと、昨晩の総悟と獅童とやり取りを思い出した。

『まだ跳びはねたりするには早い年齢なのかな? まあ良いや。ねえねえ、ちびっこ。男同士の約束だ、俺は明日は忙しくて迎えに行けないけど、ちゃんとママをお前が守るんだぞ』

『うん!』

『よし、せっかくだから、ちびっこに新しくプレゼントを渡しておくよ。小さいけど口に含むなよ。ああ、リュックにつけておくか』

『う?』

 獅童も総悟もお互いに警戒し合っていて、まだなかなか完全に打ち解けたとは言えないが、少しずつ距離を縮め始めているようだ。
 総悟の新たなプレゼントとして黒いクマのキーホルダーが獅童のリュックに取り付けられた。昔ゲームセンターで総悟が獲ってくれたものの小さいバージョンだ。

(二人が仲良くなっているようで良かった。それにしたって、子ども園の先生たちが、今日は総悟さんの送り迎えがないって悲しんでいたわね)

『梅小路さん、ぜひパパ参加の行事の時には、旦那様も連れてきてくださいね』

 なぜか園長まで出てきてパパ必須だと主張された。

(外側から逃げられなくなっていく……)

 そんな思いを抱えつつ出勤したら、総悟が先に仕事をしていた。

「……I look forward to hearing from you.I'll talk to you again soon.Bye.」

 眼鏡姿の彼の横顔も素敵だ。

(私ったら何を横顔に見惚れてしまってるの……?)

 思わず自分自身にツッコミを入れてしまった。

「ああ、桃花ちゃん、おはよう」

「おはようございます」

 総悟から眼鏡のレンズ越しにちらりと顔を覗かれると、ドキッとしてしまった。

「ちょっと目覚ましにコーヒーを淹れてきてほしい」

「かしこまりました」

 ルーティンワークをこなして、そっとティーカップを机の上に置く。
 彼がカップに手をつけると、コーヒーを啜る音が室内に静かに響いた。
 全てを飲み干した後、そっと椅子から立ち上がる。

「二階堂社長、どうなさったんですか?」

「いつも君に洗ってもらってばかりだから、今日は俺が洗うよ」

「え……!?」

 想定外の行動にビックリしてしまった。