自宅マンションに辿り着いた総悟は、ベッドの上で背を丸めて蹲っていた。
 彼の傍らでは、スマホが光を放っていた。画面に映っているのは……
 日中なんとか撮影させてもらった桃花の写真だった。
 総悟の頭の中に、彼女が今日かけてくれた言葉だけじゃなく、二年前に自分に身を委ねてくれた時の甘ったるい声が浮かんでは消えていく。
 
「はあ……桃花ちゃん……」

 もうずっと二年間この調子だ。
 彼女以外からの女性達からの誘惑はたくさんあったが……
 総悟は桃花との誓いを大事にしていたから、彼女が帰ってくる保証はなかったけれど……
 湧き上がる衝動は全て自身でなんとか鎮めてきたのだ。
 スマホに映る桃花のことを愛おし気に眺めながら、総悟は独り言ちた。

「以前に比べたら、俺と結婚したいって思ってくれたかな?」

 桃花の今日の反応を見るに、総悟のことを嫌いなわけではなさそうだった。
 どちらかと言えば、好感度は高そうな印象を受けた。

「好きになってもらいたいし、ちょっとずつ桃花ちゃんの悩みごとを解消してあげるっていう話になったけど……」

 総悟が獅童を愛せるかどうかは気になっていそうだった。
 それに対しての総悟の考えは、車の中でしっかり伝えることが出来たと思う。

「京橋阪子の件については、ちゃんと説明は入れたよね。言葉でしか証明できないのは仕方がないかな」

 彼女を雇っていた期間に色々と調べは着いている。
 ある意味、桃花にとっても自分にとっても因縁の相手だということが分かっている。
 とはいえ、もう十年前に解決した話だし、阪子本人には罪はないと言えよう。
 だから、これ以上、桃花の気持ちを荒立てるような、おかしな真似さえしなければ、相手にするつもりはない。
 だが、阪子が接触している人物の情報を得るためにも泳がせたままにしておく必要があった。

「そういえば桃花ちゃん、『京橋さん以外の他の女の人にも、私と同じように口説いているんでしょう?』みたいなことも言ってたっけ? まあ、俺の素行が悪かったのが問題だけど……ちゃんと俺が桃花ちゃんとの誓いを守ってたっていう話も伝えたし」

 総悟が首を傾げる。
 そう言われれば、桃花に二年前に写真を拾ってもらったことがある。

「何か勘違いしてるのかな? さすがに違うかな? ううん、どうやったら俺には桃花ちゃんだけだって信じてもらえるんだろう……社長室にカメラ説は拒否されたしな……あ、そっか! 今までのことはともかく、これから先については名案が浮かんだや」

 総悟は喜色を浮かべた。脱ぎ捨てていた下衣を履き直すと、ベッドから降りる。

「一緒に暮らせるようになったら……仕事の時もそれ以外でもずっと……」

 そうして、自宅のリビングに置いてあるPCの前へと移動すると喜々としてキーボードを叩き始める。

「親父は一人で寂しいだろうけど、さすがに離れに住んでもらうわけにもいかないかな。後々継ぐにしても、最初は新居で三人暮らしの方が良いよね? 建築関係の取引先にひとまずメールで連絡を入れておくか」

 気分よくメールを打った後、総悟はふうっと溜息を吐いた。
 未来への希望に満ちていた彼の瞳に、ふと鋭い光が宿る。

「さて……あと俺が気がかりなのは……」

 桃花が見つからないように情報操作をしていた人物。
 二階堂商事に何かを仕掛けようとしている人物。
 総悟の中で一人の人物が像を結びかけている。
 
 彼女に降りかかる憂いの全てを払ってから――三人で家族になった方が幸せになれるに違いない。


「俺たちの邪魔をする者は全て……」

 ……排除する。

 ふと、ガラステーブルの上に置いてあった桃花の履歴書が視界に入った。

「桃花ちゃんに返した方が良いって注意されたんだっけ……」

 彼女の写真を見ていたら、かつての彼女に叱咤されているようで……

「はあ……桃花ちゃん、また君と結ばれる日が楽しみだ……」

 総悟は――自身の衝動と戦いながら、幸せな未来に向けての算段を始めたのだった。