「その子に関しては正直まだ一緒に過ごした期間も短い。俺はそんなにすぐに誰かに好意は向けたりできない」

 総悟の言うことも一理ある。だけど、桃花の胸はズキリと痛んだ。

「だけど、一緒に過ごして、俺もその子のことを……桃花ちゃんと同じぐらい大事にできるようになりたい」

 彼の言葉を聞いて、彼女は歓喜に震える。
 すると、ハンドルを握る総悟の顔が、いつの間にか桃花の顔に近づいてきていた。
 口づけられる……そう思った瞬間には、彼の唇は彼女の唇に重なってしまっていた。
 そうして、すぐに唇が離れたかと思うと、穏やかで優しい笑みを彼が浮かべていた。

「おやすみ。いつか君たちと三人で暮らせる日が来ることを願っているよ」

 桃花は胸に疼きを抱えたまま、眠る獅童を抱えると、総悟の車が見えなくなるまで黙って見つめていた。

 月に照らされながら、彼女は彼に想いを馳せた。

 愛されないかもしれないと思うと怖かった。
 逃げてさえいれば楽だった。
 だけど、総悟にどれだけ好きな相手がいようとも……

(私に足りなかったのは……総悟さんに向き合うことと……この人の全てを愛そうという覚悟だったんだわ)

 桃花は総悟としっかり向き合うと誓った。

「そういえば、総悟さんが話してた《《返したいもの》》って結局何だったのかしら?」

 気にはなったけれど……

「ううん、大丈夫、またきっと獅童と会長を会わせに行くはずだから」

 桃花は柔らかい獅童のことを抱きしめながらマンションの中へと戻ることにしたのだった。