「だけど、それには理由があった」

 ドクン。
 桃花の鼓動が跳ね上がる。

「理由……身体が弱かったこととは別の理由ですよね?」

「……そうだよ。この間も君に伝えただろう? 妊娠した君が死んだら嫌だって……すごく自己中心的な理由だった」

 彼の長い睫毛が翡翠の瞳に色濃い影を落としていた。
 運転中の総悟の横顔は凛々しく引き締まったままだ。

(今にして思えば、総悟さんは子どもに対して過剰反応していた。私が妊娠して命を落とすのも怖がっていたわ。ただ単に総悟さんは子どもが欲しくなかったわけではなかったのに……)

 桃花は、過去の自分の視野の狭さとまだまだ未熟だった頃の自身を恥じる。
 どうして、総悟がそんな風に考えるようになったのか詳しく聞きたい。

「良ければ、昔何があったのか話を……」
 
 そう言おうとしたけれど、ちょうど桃花のマンション前へと到達してしまう。
 流れるようなハンドル捌きをしつつ、総悟が道路脇への停車を試みる。
 首筋に浮かぶ筋が男らしくて、桃花は思わずドキリとしてしまう。
 彼のハンドルを回す長い指先の動きも、どことなく官能的だった。

「まあ、子どもが欲しくなかった理由はさておき……その子に興味を持っているのは、俺としては君の関心を引きたいからっていうのが、今は一番の理由かな」

「そう……ですか」

 せっかくの話を聞く機会だったが、どうやら時間切れのようだ。
 桃花はシートベルトを外しつつ、総悟へと送迎の礼を告げる。
 彼と離れるのは名残惜しいが、一緒に住んでいるわけではないので仕方がない。

(私ったら、夫婦になることを了承していないと言いながら、総悟さんと一緒に暮らせるものだと、心の中では思ってしまっている)

 桃花は頭を振ると、総悟に向かって懇願する。

「こんな車の中じゃなくて、今度ちゃんと時間がある時に聞かせてもらっても良いですか?)

「え? 君の子どもに興味がある理由は今話したよね?」

 けれども、桃花は首を横に振ると、きっぱりと告げる。

「いいえ、どうして総悟さんが子どもを欲しくなかったか……その理由というか過去に何があったかについてです。子どもが出来づらいこと以外に何か事情があったのかなと気になっていて」

 総悟が驚きに目を見張った。
 しばし逡巡した様子だったが、柔和な笑みを浮かべると、ゆっくりと口を開いた。

「そもそもが、すごく自己中心的で独りよがりな理由だっただろう? そんな俺の過去だ、もっと独善的な理由で君が聞いても面白い内容じゃないかもしれない。それでも良いんなら」

「構いません」

 すると、総悟が諦観した。

「分かったよ」

 了承が出たため、桃花は前向きな気持ちになる。

「ねえ、桃花ちゃん」

「どうなさいましたか?」