帰りの車の中ではクラシック音楽が流れていた。
 獅童は遊び疲れたのだろう、チャイルドシートに乗せられた後、すやすやと眠りに就いていた。
 運転席に座る総悟がチラリとバックミラーに映る獅童へと視線を移しながら、助手席に座る桃花に向かって声をかけた。

「その子、寝ちゃってるね」

 車窓の向こうでは対向車がどんどん反対側へと流れていく。
 夕陽がこちらを照らしているため逆光になっており、桃花側の総悟の横顔からは表情が分かりづらくて、会話をするのに少々緊張してしまった。

「ええ、獅童はどこででも眠るんですよ」

「ふうん、そうなんだ。俺の小さい頃と顔は似ているのに、やっぱり全然違うんだな」

 総悟の幼少期の頃の話。

(総悟さんが獅童ぐらいの年の時はどんな子だったんだろう? 会長さんが『嗣子と京香さんが追いかけてた』みたいに話していたけれど……)

 桃花としても非常に気になる話題であり、緊張した面持ちで総悟の顔を振り仰ぐ。

「二階堂社長の幼少期は、どんなお子さんだったんですか?」

 だがしかし、真っすぐに前を見据える総悟は返事を返してくれない。

「社長?」

 なぜ無視されているのか分からず、桃花の頭の上には疑問符が飛び交った。
 すると、総悟がはあっとため息を吐くと口を開いた。

「総悟さん」

「へ?」

「君は俺の妻になるんだ。二階堂社長だなんて仕事の時だけにして、ちゃんと俺の名前を呼んで欲しい」

 やはり彼の中では、彼女が妻になるのは絶対事項のようだ。

「私はまだ妻になるとは言っていません」

「君が俺の妻になりたいかなりたくないかは問題ないんだ。俺が君を妻に迎えると言ったら迎える、それだけだよ。ずっと過ごしていたら、君も絶対に俺のことが好きになる」

 どこからそんな自信が溢れてくるのだろうか。
 今日の朝から、総悟が割と強引なので、桃花としても戸惑いを隠せない。
 ひとまず結婚の話は置いておいて、先ほどの話を続けることにした。

「話は戻しますけど、獅童は社長の小さい頃に似ていないんですか?」

 すると、やはり返事はない。
 ここでムキになっても仕方がない。総悟が引くことはないだろう。

「獅童は総悟さんの小さい頃に似ていないんですか?」

 すると、総悟の頬が緩んだ。