その時。
 花々が咲き乱れる向こう、ガサガサと茂みが鳴る音が響いた。

「こらこら待たないか!」

「ちょっと待ってちょうだい!」

 聞き覚えのある男女の声が聴こえた。
 そうして、草花の中から何かが飛び出してくる。


「みっけ!」


 なんと、現れたのは――

「獅童!」

 桃花は思わず歓喜の声を上げた。
 母親を見つけて、獅童は嬉しそうにこちらに向かって駆けてくる。
 だが、途中ぬかるんだ場所があって、足を滑らせる。
 ちょうど運悪く池があった。
 大人にとっては大した深さではないが、子どもにとってはまだ危険だ。

「獅童!!」

 桃花が悲痛な声を上げる。獅童の元へと駆け出そうとした時――

 気づいた時には、総悟が先に獅童の元へと到着していた。

「もう、母親に心配かけさせるなよ」

 総悟が口を尖らせながら、獅童の首根っこを掴んで救出していたのだった。

(良かった、総悟さんが助けてくれた……!)

 桃花の胸に一気に安堵が広がっていく。

「すまない、総悟、桃花さん、すばしっこくて逃げられてしまった」

「総悟くん、桃ちゃん、ごめんなさい!」

 なんと現れたのは二階堂会長と京香さんだった。
 どうやら事情を聞くに、獅童がママ会いたさに部屋の中を走りまわった後、外に飛び出したらしい。
 ちなみに鬼ごっこか何かと勘違いして、ちょろちょろ逃げまどって、追いかける会長と京香さんは大変だったという。
 京香さんが片目を瞑りながら、お手上げといった調子で肩をすくめた。

「獅童くん、人をおちょくる感じが、総悟くんって感じ。ね、おじさま?」

 話し掛けられた二階堂会長が表情を和らげた。

「ああ、確かにな……まだ小さい頃の総悟を、嗣子と京香さんが追いかけていた時のことを思い出したな」

 桃花としては気になる単語が耳に入った。

(……嗣子)

 女性の名前だ。しかも二階堂会長が呼び捨てにしている。

 その時。

「まま! しどう!」

 何か言いたげに頬を膨らませながら、獅童が桃花の脚にしがみついてきた。
 彼女の隣に戻ってきていた総悟が口を開く。

「さて、桃花ちゃん、俺たちの子どもの機嫌が悪いみたいだ、戻ろうか」

「はい……!」

 すると、機嫌を良くした獅童が、会長を先導して駆け始めた。

「じいじ! こっち!」

「獅童、じいじをそんなに走らせないでくれ……!」

 桃花は祖父と孫の様子を見てクスリと笑った。

「もうすっかり仲良しね」
 
「親父も孫相手にはあんななんだな……」

 総悟は、感慨深いといった表情で二階堂会長のことを眺めていた。

「ああ、桃花ちゃん」

 総悟が桃花の肩にそっと触れた。