一時的には良いかもしれない。
 だけど、もし万が一、獅童が原因で桃花が苦しむようなことがあったりしたら……
 総悟は母親である桃花ではなく子どもの獅童に否があると言って責めたりしてくるかもしれない。
 そうでなかったとしても、他者に対して時折冷酷な一面を覗かせてくるので、獅童のことだって不要だと切り捨てたりするかもしれない。

(さすがにそんなに酷い人じゃないとは思うんだけど……)

 どうしても……二年前の総悟の言葉が引っかかってくる。

(そもそも総悟さんの心の中には、あの写真の女性がずっといるのかもしれないし……他にも総悟さんのことを愛していて妊娠している可能性がある女性だっている。誰かが不幸なのに、自分たちだけが幸せになっても良いの?)

 それに、子どものためだからといって本当の思いを殺して夫婦になったとして、仮初の家族は形成されるかもしれないが、結局みんなが不幸になってしまうのであれば、最初から家族になること自体が不幸だ。

「どうしよう、獅童」

 桃花はぎゅっと眠る獅童を抱きしめる。
 悶々と考え事をしていたら、ちょうど獅童が目を開いた。

「まあま、げんき!」

「おはよう、獅童」

 我が子に声を掛けられただけで、不安で胸いっぱいだったのが、どこかに吹き飛んでいくようだ。

「獅童は、今日も元気いっぱいね。さあ、おひさまの光を浴びたら、お顔を洗いに行きましょうか?」

「まま、うん!」

 そうして、二人してベッドから出ると、洗面所で身支度を整える。
 平日の休みをもらったので、獅童も子ども園の保育に預けずに一緒に過ごすことにした。
 窓の外には青空が広がっている。

(今日は天気も良いわね)

 せっかくだから休日の朝の日課でもある散歩に出かけることにする。
 桃花は、黒地のフリルのブラウスに、ブルーデニムを合わせて、白いサンダルをつっかけると、頭に白い帽子をかぶる。
 獅童には、お気に入りの通勤電車の緑のシャツに、デニムにみえる綿パンツを履かせた。最近は紫外線が強いから、しっかりとクマ耳の帽子をかぶせる。

「くまさんの形の帽子、似合ってる」

「えへへ、ありあと」

 桃花がにっこりと微笑むと、獅童もにっこりと微笑み返してくれた。
 桃花は獅童をぎゅっと抱きしめる。

「エネルギーチャージ」

「チャージ!」

 そうして、マンションの正面玄関から外に出ようとしたら、スマホの着信音が高らかに鳴った。父方の祖母からの通知だ。

「はい、もしもし、おばあちゃん、どうしたの?」

『桃花ちゃん、大変だよ!』

 興奮した調子の祖母の様子に違和感を覚える。

「いったいどうしたの……?」

『あんたの働いてるとこの社長さんが、さっきまで来ててね!』

「え?」