桃花は、なかなか引き下がってくれない総悟を部屋の中へと招き入れることにした。
 彼にはダイニングルームにあるテーブルの椅子に座ってもらった。
 桃花は白磁のポットからティーカップに向かって茶を淹れると、そっと総悟の前に差し出した。

「二階堂社長、どうぞ」

「ありがとう、桃花ちゃん、急に来たのにお茶まで淹れてくれて」

 歓喜する総悟に対して、桃花は一瞬絆されかける。

(いけない、まだ総悟さんが何を考えているのか分からないんだから)

 緩みかけた頬を引き締め、桃花は総悟とは反対側の椅子に腰かけた。

「あの子は、寝ているのかな?」

「はい、そちらの部屋で今は眠っています」

 自宅マンションは3LDKだ。
 ダイニングルーム兼リビングルームに面した部屋で、獅童は横になって休んでいる。

「寝ているなら、顔は覗きにいけないね」

「ええ……」

 桃花は総悟の顔を見て戸惑いを隠せない。

(どうして? 総悟さんは子どもが欲しくないって、ずっと言っていたのに)

 彼は、子どもの顔を見るのが待ち遠しいといった表情をしていたのだ。
 今まで桃花に見せてきた中でも、一番穏やかな表情をしている。
 子どもが欲しくないと思っていたのだが……

「……ねえ、桃花ちゃん」

 すると、テーブルの上に置いていた彼女の手に、彼の手がゆっくりと重なってきた。

「俺は君を妊娠させるのが怖かった。ずっと子どもは欲しくなかった。必要ないとも思っていた。だけど、もう実際に生まれてしまっているのなら、話は別だ」

 重ねられた掌の下、総悟が桃花の薬指に何かを通してくる。

「二階堂社長、いったい何を……して……」

「すごく大変な時期を一緒に過ごしてあげられなかった俺の申し出を受け入れてもらえるかは分からない……謝っても許してはもらえないかもしれないけれど」

 そうして、彼の掌がどけられて、何をされたのかを理解した瞬間、桃花は顔を見上げた。

「これは……」

 すると、総悟の表情がいつになく真摯だった。

「桃花ちゃん」

 彼の言葉がそこで途絶えた。
 ドクンドクンドクンドクン。
 桃花の鼓動が人知れず高鳴っていく。

「いいや、桃花」

 そうして、総悟がまっすぐに桃花を見据えた。


「どうか俺と結婚してほしい」


 彼女の薬指にはキラキラと光るダイヤの綺麗な婚約指輪。

 桃花の中に衝撃が駆け抜けたのだった。

「二階堂社長……それは……」

 思いがけない総悟からのプロポーズを受けて、桃花の困惑は強くなる。
 ずっと想ってきた相手からの求婚が嬉しい反面、戸惑いの方が強い。

「どうして、ですか……?」