総悟の背後に住人の姿が一瞬だけ映ったので、桃花は動揺してしまった。

「ずっとそちらにいらっしゃったら、マンションの住人から不審者扱いされてしまいますよ」

『桃花ちゃんと会話できないんだったら、不審者として捕まっても仕方ないかなって』

「そんなことは言わずに帰ってください。このままだと『二階堂商事の社長、ストーカー行為で逮捕』とか、ネットニュースのトップを飾ってしまいますよ」

『そうならないようにしたいな』

 桃花の経験上、総悟は引き際が早いことも多いが、こうと決めたことに関しては引いてくれないことも知っている。

『お願いだよ、桃花ちゃん、俺の話を聞いてもらいたい。それに……』

 インターホン越しだから、総悟側からは中の様子は見えていないはずだというのに、まっすぐに桃花のことを見つめて訴えてきた。


『桃花ちゃんの子どもの父親である俺には、その子の話を聞く権利があるはずだ』


 桃花は言葉に詰まる。

(総悟さん、気付いて……)

 何か言い返さないといけない。

「あの子の……獅童の父親は、二階堂社長では……なくて……」

 だが、桃花の歯切れはどんどん悪くなっていった。
 胃にズシリと何か重しでも乗せられたかのような、全身が見えないヴェールにでも覆われているような感覚に陥った。

『君が抱いていた子どもの瞳の色、俺の色と同じだし、髪の色も俺と同じ……何より……』

 総悟がまるで裁判の判決を告げてくるかのように宣告してきた。

『俺の小さい頃にそっくりだ』

「……っ」

 このままだといけない。

「そんなの似ているだけで、証拠があるわけでもなんでもなくてっ……」

『証拠を見たいなら、写真を今度見せるよ。他人の空似にしては、さすがにちょっと特徴が似すぎている。遺伝子検査をしたって構わない。君の性格や思考や、色々な時期を遡って考えても、その子の父親は俺しか考えられない。正直、自分の身体のことがあるから、事態を飲み込むのに時間がかかってしまったけれど……』

 本人に似ていると言われてしまっては、それ以上否定はしづらい。
 しかも写真を突きつけられたら、どうしようもなくなるだろう。

(覚悟を決めるしかない。だけど、獅童に悪影響が出るようなら……)

 その時、総悟が切望するような声音で告げてくる。

『俺は君の子どもを絶対に否定しない。約束する。だから……』

 桃花はぐっと拳を握ると、開錠ボタンを押した。

「でしたら、どうぞ」

 そうして、桃花は総悟を部屋の中に誘うことにしたのだった。