総悟はマンションのエントランスに呆然と立ち尽くしたまま、今しがた起こった出来事を反芻していた。
 だが、まだ頭が混乱していて、到底事態をすんなりとは飲み込んではくれないでいる。
 まだ心臓が早鐘のように鳴り響いていて、全身の震えが落ち着きそうにない。

「夢じゃないよな?」

 桃花が両親を亡くす前から、ぬいぐるみをたくさん集めていたのは知っていた。まるで家族不在の寂しさを埋めるように収集していることだって。
 彼女の根底には寂しさがあって、愛情を欲しているのだと、総悟も理解していたつもりだった。
 だけど、桃花が子どもを大事そうに抱えているのを見た時、自分の考えがどれだけ浅かったのか理解した。

(異性からの愛以上に……自分の全てを捧げても傷つかない、愛し愛される対象が欲しかったのか)
 
 自分には与えてあげられなかったものを与えた相手に対しての強烈な嫉妬と共に、桃花に対しての激しい後悔に苛まれた。
 彼女のことを分かってやれていなかったばかりに、ずっと影で傷つけてしまっていたんだろうと。
 一方で、ちゃんと子どもを産んでも健康を維持している彼女を見て、自分の心配が杞憂に終わったことも悟った。
 彼女の子どもが彼女を害する存在ではないことも頭では分かった。

 そうして、桃花の子ども――獅童がこちらを振り返った時に身の内に衝撃が走った。

「俺には子どもができるはずがなくて……」

 日本人離れした色素の薄い髪、翡翠の瞳。
 出来るはずがなかったのに、どうして、そんなにも自分に似た姿をしているのか?

「他人の空似であそこまで似るはずはない……よね」

 わざわざ彼女が行きずりの外国人男性と関係を結ぶとは想像しづらい。
 推定年齢から逆算して、彼女が妊娠した時期は……

「だとしたら、あの子の父親は……」

 答えが出かかっている。
 だけど、感情が到底追い付かない。

「……竹芝が言った通りになったな。おかしな誤解を受けて嫌われるって……竹芝、普段は鈍いくせに、こういう時だけ色々勘が良いんだからさ」

 総悟は自嘲気味に笑う。

 子どものいる自分のことは全く想像さえしていなかった。

 だけど……

 総悟はまっすぐに前を見据えたのだった。