(総悟さんに……)

 ちゃんと説明すれば分かってもらえるかもしれない。
 だけど、まだその確証はない。
 下手をしたら、子どもを欲していない総悟から嫌悪を向けられてしまうかもしれない。
 目に入れても痛くないぐらいに、可愛くて仕方がない我が子・獅童。
 だけど、総悟にとっては必要のない存在かもしれない。

 ……怖い。

 桃花の胸の内に恐怖が広がっていく。

(どうしたら……)

 逃げないといけない。
 だって、総悟は獅童を傷つける存在なのかもしれないのだから。
 お金が必要だからと言い訳して……
 本当は、心のどこかで……
 初めて好きになった男性である総悟に会いたいと……
 愛する獅童の母親の立場よりも、一人の恋する女性としての立場を優先して……
 そうして、専属秘書の立場に戻ってしまったから……
 そのせいで、バレたくなかった相手にバレるようなことになってしまって……

(私が迂闊で馬鹿だった)

 考え方が甘かったのだ。
 どこかでバレて楽になりたい気持ちも、もしかしたらあったのかもしれない。
 絶対に母親としての自分を優先して、もっと慎重に振舞わないといけなかったのに……

「あ……ごめん……なさい……」

 総悟が桃花に声をかける。

「どうして謝るの……?」

 桃花の唇が戦慄く。

「……ごめんなさい」

 告げることが出来たのはそれだけだ。
 そうして、桃花は獅童を抱っこしたまま、その場を勢いよく駆ける。

「待って、桃花ちゃん!」

 オートロックのマンションで良かった。
 自動扉を抜けて急いでロックを開けて、建物の中へと逃げ込む。
 勢いよく駆け出したから、心臓が激しく脈打っていた。

「桃花ちゃん、話を聞いてくれ!」

 総悟が、ガラスの扉を何度か叩いていたけれど、無視してエレベーターに乗り込んだ。
 さすがに、扉をこじ開けてまでは追ってはこなかった。
 彼の声がくぐもって聞こえてくる。

「桃花ちゃん、桃花ちゃん! 桃花!」

 エレベーターの扉が閉まって、どんどん彼の声が遠ざかっていく。
 中には誰もいなくて良かった。
 桃花は獅童を抱き抱えたまま、壁にもたれた後、ずるずると座り込んでしまう。

「……っく……」

 涙が溢れ出して止まらない。

「……っ……」

「まま……」

 獅童の手が桃花の頬に触れる。

「獅童……っ……」

 桃花は我が子をきつく抱きしめる。

「ごめんね、ママ……獅童……ごめんね……」

 ママを笑顔にしようと健気に笑う獅童のことを、桃花はぎゅっと強く抱きしめたのだった。