「俺なんかよりも……付き合ってもいない赤の他人の子どもを産みたかったの?」

 やはりというべきか……

(総悟さんは自身の子どもだとは、欠片も思っていないみたいね)

 総悟の瞳はどこか虚ろだった。
 ミシリと音が聞こえて、桃花が視線を移す。彼の手のスマホが軋んだ音だった。

「桃花ちゃんがそこまで自分の子どもが欲しいだなんて思ってなかった」

「そうですか」

 桃花はどうにかこの場を切り抜けたかった。
 とりあえず獅童の顔を総悟には見せないように気を配る。
 総悟の瞳がまるで湖面のように揺れ動いていたが、くしゃりと顔が歪んだ。

「そうか、だったら俺じゃあ、役不足だったわけだ。子どもの父親になれない俺なんかじゃ……」

「総悟さん……」

 傷ついたような表情を浮かべる総悟に対して、桃花は何か声をかけた方が良いのか迷ってしまう。

(信じてもらえるか分からない。だけど、ちゃんと総悟さんの子どもだって伝えるべき? でもまだ私の推測が全て正しいかどうかわからない。だとしたら……獅童に対してどんな反応をするかが不透明だわ。もう少し情報を開示するのに慎重になった方が良いかもしれない)

 桃花は心を鬼にする。
 その時。

「まあま! おっき!」

 なんと、獅童が目を覚ました。
 瞳をパチパチさせると、周囲をきょろきょろと見回す。

「獅童……!」

「そと!」

 そうして、獅童がくるりと身体を捻らせると、桃花と対峙する総悟の顔を見た。

 同じ翡翠色同士の瞳。

 総悟と獅童の視線が絡みあう。


「その子、は……」


 総悟が瞠目すると同時に瞳に光が戻り、忙しなく揺れ動く。

(あ……)

 父子の予期せぬ対面に、桃花の心も千々に乱れる。

 総悟が戦慄きながら独り言ちた。

「嘘、だろう……? なんで……?」

 すると、総悟が一度大きく深呼吸をして、桃花のことをまっすぐに見つめた。

「ねえ、桃花ちゃんは今、その子と二人暮らしなの?」

「はい、そうですが……」

 彼の眼差しが強くなる。

「だったら、君にお願いがある」

「なんでしょうか……?」

「その子の父親が誰か教えてほしい」

「……っ……それは……」

 総悟が桃花のことをまっすぐに見据えてくる。

「君の性格上、ゆきずりの男の子どもを妊娠するとは思えない。その子は」

「……っ……」

 総悟に言い当てられそうで、桃花に衝撃が走る。
 全身が震えて戦きはじめ、獅童が不思議そうに顔を覗いてきた。

(もういっそ、ここで伝えてしまう……?)

 真実を告げれば、きっと楽になるだろう。
 総悟と竹芝の二年前のやり取りが脳裏浮かぶ。

『だけど、俺は……子どもは必要ないと思ってる。大事なものを失うぐらいなら……最初から子どもなんて必要ない……欲しくないんだよ』

 ドクンドクンドクンドクン。
 心臓の音がうるさくて周囲の雑踏の音が聴こえなくなっていく。