桃花は社長室を飛び出た後、タクシーに飛び乗って、自宅マンションに直帰した。
 そうして、祖母から獅童を迎えて、腕の中に抱っこした。
 その頃には獅童の熱は下がっていたため、桃花が休みならばそのままマンション待機で良かったが、総悟に仕事に戻ると約束している。病児保育に預けるか子ども園に預けるか決めるためにも、今から小児科に向かうことにした。
 自宅マンションから小児科まで徒歩5分ぐらいの位置にある。
 ひとまず二人でエレベーターを降りてマンションのエントランスに到着した。

「獅童、心配したわよ。本当に良かった、もう熱は下がっているのね」

「まま、だいじょぶ」

「ふふ」

 総悟とあんなことがあってすぐだが、獅童の顔を見ると、疲れや憂いのようなものはどこかに飛んでいってしまった。

(獅童のためにも今日はやっぱりお休みをもらった方が良い? だけど、仕事に戻って、今度こそ総悟さんと向き合わなきゃ……)

 先ほどの総悟とのやり取りを思い出す。
 あのまま話し合いをしないと、おそらく仕事にも支障をきたしてしまいそうだ。

(ずっと獅童のことを話すことから逃げ続けていたけれど……)

 総悟は、そもそも自分に子どもが出来づらいと思っているし、何らかの理由で女性の妊娠を厭っている節がある。
 妊娠することそのものが、女性が危険に晒されることだと思っているようで、だからこそ桃花に負担を強いてしまうのが嫌だと感じているようだった。

(確かに女性側にかかる負担は大きいけれど……総悟さんの反応はものすごく過敏だわ。だから、過去に何かあったのは間違いないと思う。写真の女性が関係している?)

 彼女が妊娠した際に何かあったのだろうか?
 総悟本人からは彼女が何者か聞かされておらず、写真の女性が彼の想い人かもしれないという疑念は、やはり消えてはくれない。

(写真の女性については総悟さん本人に確認しましょう。それに、総悟さんは、子どもは欲しくないってずっと言っているけれど、子ども自体が嫌なわけじゃない気がする。だとしたら……)

 もうすでに獅童は生まれてきているのだ。
 もしかすると、ちゃんと話し合いさえすれば、総悟も受け入れてくれるかもしれない。

(だけど、自分には子どもは絶対に出来ないと思い込んでいる総悟さんに獅童のことを理解してもらえるかしら?)

 獅童は総悟に似ている。
 だけど、子どもの話をした段階で情緒不安定になりそうで、二人を引き合わせるのにも慎重になった方が良さそうだ。

(都合の良い想像だけど、もしも写真の女性が想い人でなかったとしたら、総悟さんと獅童と私とで幸せになる将来もあり得るかもしれない……)

 桃花の胸が未来への希望で膨らんでくる。

(けれど、やっぱり想い人だったとして、彼女との子ども以外は欲しくなくて……過去の辛い出来事を私に投影しているから、私のことを好きだと思っているんだとしたら?)

 分からないことが多すぎて不安も同時に襲ってくる。