トゥルルルルル。
デスクの上の電話が鳴った。
だが、総悟が一旦受話器を上げると、そのままガチャリと通話を切って、元の場所には戻さずに放置した。
これ以上、電話はかかってこないだろう。
そんな彼に向かって、彼女は淡々と告げた。
「社長、ちゃんと仕事はこなしてください」
「……っ……」
総悟が歯噛みする。
~♪~♪~♪
今度は桃花のスマートフォンの通話着信音が鳴り始めた。祖母だ。獅童に何かあったのかもしれない。
「桃花ちゃん……取らないで」
「嫌がらせをする人は嫌いです」
すると、総悟の腕の力が緩んだ。
彼から抜け出した桃花は、自身のスマートフォンの通話マークをタップする。
「はい、もしもし、梅小路です……え、獅童が……? おじいちゃんも? 分かった、すぐに帰るから」
電話の相手は、獅童を預けている祖母からだった。
どうやら獅童の熱がまたぶり返し始めたらしい。
万が一に備えて保険証は預けていたが、小児科にかかる以前に獅童のぐずり方がいつも以上で困り果てていたそうだ。そうこうしていたら、祖父が庭で枝を切っていたら脚立から転げ落ちたという。幸い怪我はひどいものではないそうだが、祖母は急遽家に帰らないといけなくなったそうだ。
(一度マンションに引き返して、獅童は病児保育にお願いしましょう)
桃花は総悟を振り仰いだ。
「ごめんなさい、二階堂社長にお願いがあります。一身上の都合で帰らせていただきます。今日の午前中の予定はありませんでしたよね? 二時間ほどで戻ってきますから」
「……嫌だ。誰なんだよ、獅童って、やっぱり俺よりも大事な奴なんじゃないか!」
「それは……比べることは出来ません」
総悟が衝撃を受けて固まっていたが、しばらくすると低い声で続けた。
「社長命令だ、帰るな」
「いくら社長の命令でも帰ります」
「解雇されても良いの?」
「迎えに行けなくて解雇されるんだったら、もう仕方ないかなって思ってます」
総悟が歯噛みをしたのかギリギリと音が聞こえる。
泣きそうな顔をしていて、桃花の胸が苦しくなる。
「今から帰って……もう俺のところには、帰ってこなくなるんでしょう……?」
総悟から憔悴しきった眼差しを向けられると、桃花の胸が軋んだ。
「二時間で必ず帰ってきますから」
「嘘だ」
「嘘じゃありません」
「だって、二年前、君は帰って来なかったじゃない。ずっと、ずっと待ってたのに……行ったらダメだ! ダメだから!」
けれども、桃花は総悟に頭を下げると、相手を振り払って部屋の扉へと向かう。
「桃花、行くな! 離れるな、お願いだから……!」
懇願する声音があまりにも切望するようで……
後ろ髪を引かれるような思いを抱えながら、廊下へと駆け出す。
けれども、彼女の後を彼が追ってくることはなかった。
総悟の視線を痛いぐらいに背に受けたのだった。