阪子が誰かに嘘を吹き込まれているかは別として、桃花はなんとなく総悟に対して腹が立ったままだだった。

(嘘か本当かは分からないけれど、自分の子どもを妊娠している可能性がある女性に対して、酷い態度だったわ)

 桃花はツカツカヒールを鳴らして社長室へと戻ると、総悟のデスクへと向かいバンっと両手で机を叩く。

「社長、ちゃんと彼女の話を聞いてあげてください!」

「はあ、なんで俺があんなくだらない嘘を聞いてあげないといけないの?」

 デスクに肘をついて頬杖をついている総悟が、これみよがしに溜息を吐いた。

「君は知らないかもしれないけど、過去の俺が遊んでいたのを知って、妊娠したとか出産したとかいう女は後を絶たないんだよ。正直うんざりしている。いちいち相手にしていられない。君もあんなのに真面目に相手する必要ないから」

「だけど、彼女は本当に妊娠していて……」

 阪子の様子が、なんだか昔の自分と重なるところがあって、桃花の気持ちが揺らいでいた。

「彼女は妊娠しているかもしれないが、残念ながら俺の子どもじゃあない。俺には子どもが存在することは絶対にない」

「どうしてそんなに断言できるのですか?」

「……もうこの話はやめにしよう」

 総悟は心底うんざりした表情をしていたが、桃花は獅童を実際に産んでいるので、どうしても納得がいかなくて食いついてしまった。

「ですが、もしも一夜限りだったとしても、子どもが出来ている可能性はゼロではなくて……!」

「だから、俺の子どもじゃないんだって、さっきから言ってるだろう……!?」

 先ほどまで穏やかだった総悟の表情が一気に険しくなった。
 桃花の背筋にゾクリとした感覚が走った。
 まずい、怒らせたかもしれないと思ったが、時すでに遅し。
 子どもの話がはじまったから、総悟の情緒が完全に乱れはじめていた。
 総悟が苦虫を嚙み潰したような表情で、呻くようにまくしたてる。

「君にずっとそばにいて欲しいって言ったくせに、本当のことを言わなかったのは卑怯だったと思うけど、俺には子どもができる可能性はほとんどない。十年前に俺は、今のままじゃ子どもは授かれないだろうって言われているんだよ」

「え……?」

 総悟の発言に桃花は衝撃を受ける。

「だから、そもそも俺に隠し子がいるはずがないんだ」

「そんな……はずは……」

「俺の身体だから、俺が一番分かっている。まったくゼロなわけじゃあないらしいが、できる可能性は限りなくゼロに近いんだ。だけど、俺としてはそれでちょうど良いと思ってる」

「どうして、ですか?」

 桃花は振り絞るように尋ねた。