……ふわり。

 何者かに腰を抱き寄せられると、身体が後方へと浮遊する。

(あ……)

 一段下の階段に足をつくと、脚の裏に床の感覚が戻ってきた。
 何者かに抱き寄せられて助けられたようだ。

(助かった……)

 まだ恐怖で足がガタガタ震えている。
 間一髪、階段から落ちるのは避けられたのだけど……

「ああ、もう、君、何してるのさ……! 下手したら落ちるよ!」

 二階堂副社長の怒鳴り声が桃花の耳元で響いた。
 あまりの大きさに鼓膜が痛いぐらいだ。

「急に飛び出したと思ったら……クールな女性だって話だったっていうのに全然噂と違うじゃない。君の嫌う、就業時間内のとんでもない行動だよ、本当にもう……心配させないでよ……」

 二階堂副社長が桃花のことを強く抱きしめてきた。
 彼の抱きしめる力があまりにも強くて、本当に彼女のことを心配してくれているのが伝わってくる。

「申し訳ございません……」

 午前中に抱きしめられた時よりも、彼の温もりがなんとなく心地良く感じていた。
 桃花は震えが徐々に落ち着いてくると、二階堂副社長のそばをそっと離れ、先ほどの写真を差し出した。

「二階堂副社長、こちらを」

「え?」

 写真に誰が映っているかは見ないように注意したが、どうしても視界に入ってしまう。

(女の人……)

 そこに映る女性の姿を見て、ドキリとした。
 モデルもかくやといわんばかりの美人な女性。
 流麗な黒髪に、凛々しくも知的であり、女性らしさも兼ね備えた顔立ち。
 朱色の着物に紫紺の袴姿で、成人式か何かの写真だろうか?
 そばには誰かが一緒に映っている。

「きゃっ……!」

 すると、パッと写真を二階堂副社長に奪われてしまった。
 桃花は突然だったので驚いてしまう。

「良かった、ちゃんと戻ってきてくれた……」

 二階堂副社長が愛おしそうに写真を抱きしめた。

(あ……)

 そんな彼の顔を見ていると、桃花の胸がきゅうっと苦しくなった。
 その時、彼がぱっと彼女に視線を戻す。

「ああ、桃花ちゃんは拾ってくれただけなのに、奪いとるような真似をしてごめんね」
 
 バツが悪そうな表情を浮かべて、彼はそっと写真をポケットの中に仕舞った。
 はぁっと深く溜息を吐く。
 心底安堵した様子だった。

「もうほとんど残ってない上にデジタルデータが残せなくてさ。すごく大事にしてる写真なんだ。見つけてくれて本当にありがとう」

 二階堂副社長が桃花に向かって寂しそうに微笑んできた。

(本当に大事な写真なのね……)

 彼にとって大切なものを守ることが出来て本当に良かった。
 桃花は内心安堵する。
 だがしかし、時計を見て、一気に表情が強張っていく。

「あ、副社長!」

「どうしたのさ?」

「午後の会議が始まります!」

「え? ああ、もうそんな時間か、急ごう! あ、俺、先に行ってるね!」

 そうして、二人してバタバタと副社長室へと戻る。
 二階堂副社長の広い背を追い掛けながら、桃花は考えた。

(そういえば……)

 午前中過ごしただけだったが、総悟が会議に臨む前だったり、何かの発言前だったりには、必ずジャケットのポケットを触っていたことを思いだす。

(ああ……)

 桃花は直感的に悟る。

(……あの写真の女性は……)

 ……総悟にとって大切な女性なのだと。