「勝手に時間を変更しないで。それに待ってください、職場だと何度も……」
「ここでは、俺が就業規則なんだから……ああ……もうそんな潤んだ瞳で言われても逆効果だよ」
吐息と共に告げられると、桃花の全身がビクンと跳ね上がった。
「総悟さん……っ……!」
「ああ、やっと俺のこと、名前で呼んでくれた……」
感極まった総悟から、桃花は再び口づけられる。
分厚い舌が口の中を這いずりまわると、ゾクゾクとした感覚が駆けあがっていく。
「初めて君を抱いた日から、ずっと君との約束を守ってきた。だから、桃花……」
ドクン。
桃花は衝撃を受ける。
(総悟さん、もしかして……)
二年前、総悟と桃花が初めて結ばれた日。
あの日以来、他の女性と夜を共に過ごしてはいないのだろうか。
そうだったとしたら、こんなにも嬉しいことはないのに……
(どうしよう、私、このまま……)
熱を孕んだ声が鼓膜を震わせてきた。
「本当はこれ以上は我慢できそうにない……」
「総悟さん……」
桃花は職場だというのに、このまま総悟と再び結ばれたい気持ちが高まってきてしまっている。
「このまま君と結ばれたい。だけど……一つだけ教えてほしいことがある」
その時、彼が思いがけない単語を口にした。
「獅童って誰?」
突然、愛息・獅童の名前が出てきたので、桃花はひゅっと息を呑んだ。
(どこで気づいたの? そうだ、この間のデートの時の電話で……!)
迂闊にも電話口で愛息の名前を出してしまっていたことを思いだす。
(どうしよう、バレないように注意していたのに……)
ドクンドクンドクン。
桃花の心臓が高鳴りはじめた。
「獅童って誰だろうって、土日の間、ずっと悩んでいたんだ。恋人か何かなのかなって……だけど、違うんだよね?」
(何か言い訳を考えなきゃ。話の流れから察するに、総悟さんは、獅童のことを私の恋人か誰かだと勘違いしている……?)
子どもの名前だと総悟は思いもしていないようで、ひとまず安心する。
(嘘はつきたくないけど、なんて答えたら良いんだろう)
とはいえ、子どもがいるのに隠している段階で騙していると言われれば、その通りでもある。
(どうしたら……)
その時、総悟が何かに勘付いた。
「もしかして、桃花ちゃん、獅童って言うのはさ、君の……」
桃花はハッと身構える。
(まさか私の子どもの名前だって気付いたんじゃ……?)
総悟が何と答えるのか、桃花の胸の内はハラハラと不安でいっぱいになる。