総悟から、やたらと距離を詰められてしまい、桃花は背中を壁にぶつけてしまい、逃げ場を失ってしまった。
 ちょっと手を動かしたら、彼の身体に触れてしまいそうだ。
 というよりも、相手の顔が近すぎて、鼻先がくっつきそうな距離である。

「ねえ、桃花ちゃん、単刀直入に聞くけどさ」

「はい、なんでしょうか?」

 声がひっくり返りそうだったが、なんとか耐えた。
 総悟の翡翠色の瞳は少しだけ陰りを帯びている。

(何を聞かれるんだろう……?)

 朝一番で心臓がドキドキ跳ね上がって落ち着かない。
 総悟の半開きの唇がやけに色っぽく見える。
 漏れる息が間近に聴こえるものだから、ゾクゾクとした感覚が背筋を這い上がってくる。
 そうして、彼の唇がゆっくりと開かれた。


「君、変な男に騙されてない?」


「へ……?」

 桃花の脳内に疑問符がいくつも飛び交った。

「変な……男、ですか……?」

「うん、そう。変な男。こう例えば、やけに軽い調子でさ、顔が良くて、色んな女の子に手を出したりとかするような、そんな感じのムカつく男」

 総悟の顔を見れば、心の奥底から桃花のことを心配している雰囲気だ。
 彼女は反射で物を返した。

「それって、社長のことですか?」

「は……?」

 今度は総悟が素っ頓狂な声を上げた。
 桃花は相手の顔を直視できずに視線を逸らすと、少々青褪めながら返した。

「軽い調子で、顔が良くて、色んな女の子に手を出したりするような男性、知り合いには二階堂社長ぐらいしかおりません」

「俺じゃないよ! ……っていうか、桃花ちゃんの中で、俺の評価がめちゃくちゃ悪いのがよく分かったよ!」

「申し訳ございません、てっきり同族嫌悪かと思ってしまいました」

 桃花は相手から視線をそらしたまま告げる。
 やや憤慨していた総悟だったが、一度大きく深呼吸をして、平静を取り戻した。

「もう、そんな昔の俺の話はしないでよね……」

 二年前まで、総悟に女性との噂が絶えなかったのは事実だ。
 けれども、今の発言からすると……

(この二年間は真面目に過ごしていたの……?)

 もうすぐ三十歳を迎えるわけだし、以前の総悟からすると、大人の落ち着きを手に入れたのかもしれない。

(まあ実際に再開した時は別人かっていうぐらい冷たかったけど……すっかり元の調子に戻っていってるから忘れてしまいそう)

 気を取り直した総悟が桃花を真剣に諭しはじめた。

「世の中、あからさまに真面目そうな顔してても、人を平然と騙すような男もいるわけだ」

 その時、ふと、桃花は二年前に会った嵯峨野社長のことを思い出した。

(そういえば、嵯峨野社長の話、総悟さんにした方が良い?)

 だが、悩む暇もなく、総悟が桃花に懇々と訴えかけてくる。