総悟は自宅マンションに戻ると、シャワーを浴びて過ごしていた。
 きゅっとハンドルを締めると、浴室から外に出る。
 白くて清潔なタオルを頭に乗せて髪を拭きながら、バスローブを羽織る。
 黒革のソファに座り込んで、窓の向こうに広がる夜景を眺めながら、今日の出来事を振り返った。

「今日の桃花ちゃん、可愛かったな」

 普段は生真面目な印象の桃花が、今日はアクティブな印象で愛らしかった。
 それでいて、お化け屋敷なんかも平然としていそうだと思っていたら、ビクビク震えて総悟の腕にしがみついてきたりしていた。

(今度また暗い所に誘おう……)

 クラッシック音楽が流れる部屋の中、総悟はじんわりと今日の幸せを噛みしめて悦に浸って過ごしていた。

「それにしたって、桃花ちゃん、家族に熱って言ってたけど、おじいさんかな?」

 桃花の両親は事故で亡くなってしまっている。
 だから元々は、父方の祖父母と三人暮らしだったはずだ。
 大学を卒業して仕事を始めてからは、マンションで単身で暮らしていた。
 けれども、その後、二階堂商事を退職して、母方の祖父母の元で二年間を過ごしていたという、なんとも不思議な経緯を辿っている。

「なんだろう、なんとなく違和感があるのは……」

 桃花がやたらとマンションに近づけてくれなかったのも気になる。
 それに、総悟は耳聡く拾っていたのだ。
 ――「獅童」という謎の名詞を。

「男の名前だよね……」

 女性の名前ではないかと考えたが、どう考え直しても男性の名前だ。
 祖父の氏名だという可能性も浮かんだが、なんとなく違う気がした。

「最近は変わった名前も多いけど、なんだかホストっぽい名前な気がしてきた。もしかして変な男に騙されて同棲しているとか……? 桃花ちゃんならありえる。俺よりも、その男のことが好きなのかな? そいつに貢ぐためのお金が無くなって、俺のとこに戻ってきたのかな?」

 総悟の頭の中に、おかしな男に騙されて困っている桃花のことが浮かんできて、沸々と怒りが湧いてくる。

「俺とのデートも最初は嫌そうだったけど、後から良いって言ってくれたよね。もしかして、ホストの指示だとか……」

 せっかく楽しいデートだったはずなのに、総悟の胸の中は悶々としはじめる。

「くそっ、そんな男よりも俺の方が良い男に決まってるだろう!!」

 桃花をおかしな男の魔の手から救わなければ……

 幸い自分には金と顔と手練手管と……その他色々がある。

「せっかく桃花ちゃんが戻ってきてくれたんだから……」

 この機会を逃すわけにはいかない。

「打倒、謎の男・獅童」

 総悟の中に謎の闘志が芽生えはじめたのだった。