総悟と竹芝の会話。

「それは……二年前の夜の……話でしょうか?」

 桃花の声が震える。
 総悟の眼差しが痛いぐらいで、桃花の胸がざわついた。

「その……立ち聞きするつもりは……なかったんですけど……」

 彼女の声はどんどん小さくなっていく。
 すると、ますます総悟の表情がくしゃりと歪んだ。

「ああ、やっぱりそうなんだね」

 そうして、彼が真剣な眼差しのまま続ける。

「二年前、誤解を与えるような言い方をしてしまっていたと思うんだけど……俺は、君のことがすごく大事なんだよ。大切な君さえ傍にいてくれたら、子どもは欲しくないと思っていて……」

 ズキン。
 桃花の胸がズキズキと痛みだした。
 やはり総悟は子どもは必要ないと考えているようだ。

(やっぱり二年じゃあ考えは変わらないわよね……)

 桃花は胸が苦しくなった。
 もう実際に獅童は生まれてきてしまっている。
 だからこそ、子どもを欲していない総悟の負担になるわけにもいかない。

(総悟さんに獅童の話を相談するのは、やっぱりやめましょう)

 総悟の桃花を大事だと思う気持ちは嬉しいが、やはり獅童のことは隠しておくべきだ。
 もしも、一緒に過ごしている間に、総悟の気持ちが子どもに対して積極的になってくれたら、その時には相談しても良いかもしれない。
 何かを察したのか、総悟が寂しそうに微笑んだ。

「ごめんね、おかしな話をして。これ以上、桃花ちゃんに嫌われたくないから何も言わないでおくよ。俺は気づかない内に余計なこと言いそうだし……」

「いいえ……」

 もしかしたら総悟の考えが変わっているかもしれないと思っていたからこそ、桃花はなんだか寂しく感じた。

「だけどさ」

 総悟がすっくとその場に立ち上がると、桃花に向かって手を差し出してくる。

「桃花ちゃんと今度こそうまくいきたいから、ちゃんと君が好きな俺を目指すんだ」

「え?」

 総悟が蕩けるような笑みをこちらに浮かべてきていた。

「君の好きなところに付き合うよ。さあ、行こう。こっちだよ」

「は、はい」

 彼に差し出された手を取って、彼女もその場に立ち上がる。

「ねえねえ、桃花ちゃん……」

 その時――
 桃花のスマホの着信音が鳴った。
 総悟に一礼してから、電話を取る。
 相手はどうやら祖母のようだ。

「はい、え、獅童に熱……!? 分かった、帰るね!」

 どうやら獅童が熱を出したらしい。
 桃花は総悟に向かって深々と謝罪する。

「せっかく誘ってくれたのに本当にごめんなさい! また今度デートに誘ってください!」

「どうしたの? 家族に出たの?」

「ええっと……そうですね、家族がお熱を出してしまって……」

 すると、総悟が少しだけ寂しそうに微笑んだ。

「だったら、仕方ないね、また今度誘うからさ、その時は付き合ってよね、桃花ちゃん」

「はい、ぜひ!」

 そうして、久しぶりのデートは、慌ただしく終了を迎えたのだった。