桃花はどこへ向かっているかというと、朝出会った女性の元だ。
 確か元々秘書課で働いていて、そちらの部署に戻って荷物の片づけをおこなっているのだという。
 二階堂副社長の話だと、今日退職の予定だったはず。
 秘書課で彼女の行方を尋ねると、どうやら先ほど部屋を出たらしい。

(間に合って!)

 桃花はエレベーターで正面玄関まで駆け下りる。
 受付の社員に尋ねると、件の女性社員はまだ退社していないらしい。

(どこにいるの?)

 桃花の方が先に降りてしまったようだ。
 しばらく待っていると、件の女性社員と思しき人物が二階の階段から姿を現わした。
 すると、桃花の顔を見るなり、二階の廊下へと舞い戻ろうとする。
 桃花は急いで彼女の後を追い掛ける。

「待ってください!」

 二階の踊り場で、彼女がくるりと桃花へと振り向いた。

「何か用なの? 二階堂副社長の新しい秘書さん?」

「二階堂副社長の写真に心当たりがないですか?」

 桃花がキリリとした表情を浮かべたまま告げる。
 そう、桃花は気づいていた。
 今朝方、彼女が副社長室の机の上にある何かを手にしていたことに。
 すると、彼女は片眉を上げると、腕を組んでフンと鼻を鳴らした。

「写真? 何のことかしら? 知らないわね?」

「……本当にですか?」

 桃花の問いかけに対しても、彼女が怯むことはない。

「ええ、もちろんよ、二階堂副社長が後生大事に戻っているものなんて、私、興味ないもの。心当たりなんてあるはずないわ」

 桃花はきゅっと拳を握りしめる。

(絶対にこの女性が持ち出したはずなのに……)

 そうでなければ、ここまで写真の詳細を告げることは出来ないはずだ。
 桃花は午前中、二階堂副社長のデスクの整理もしたのだが、その際に写真はなかった。
 だから、女性社員が朝掴んだ何かの正体が、二階堂副社長の写真だと考えたのだが……
 とはいえ、時間も経っているし、見間違えだったのだろうか?
 桃花は不安になりそうな自身の心を叱咤した。

(シャンとして、しっかり相手のことを観察するのよ……!)

 ふと、女性社員のスーツのポケットから何か古ぼけた紙きれのようなものが顔を覗かせていることに桃花は気付く。

(やっぱり……)

「そちらの紙、見せてくださいますか?」

「そちらの紙って何のことよ?」

 女性社員はギクリとした調子だったが、何事もなかったかのように問い返してくる。

「無断で誰かのものを持ち出したら、窃盗になりますよ」

「何よ! 私のことを犯罪者呼ばわりして……! 失礼な女ね!」

 すると、彼女が紙きれを取り出すと、いずこかへと放り捨てた。

「あ……!」

 桃花はさっと跪くとそれを手に取ろうとするが、出来なかった。
 ひらり。
 紙は風に舞い踊る。

「待って!」

 桃花はなんとか掴んだ。
 どうやら、写真のようだ。
 だがしかし、そこは階段だった……!
 ちゃんと手に入れたのも束の間、脚を滑らせ、身体が宙に放り出されてしまった。

「きゃっ……!」

 そのまま階段から落下する。

(お父さん、お母さん……!)

 ぎゅっと眼を瞑ると浮かぶのは優しい両親の姿。
 このまま激突する。
 痛みを覚悟した瞬間――