「そうか、エド様は国に帰られたのか」

「きっと、御両親にステラとの結婚の承諾を得るために帰国されたのでしょうね」

朝食の席で両親が嬉しそうに話している。

「はぁ……そうでしょうか……」

エドと私はそんな関係ではないと、両親に色々伝えたいことはあったけれども口に出すことはやめた。
こんなに楽しそうにしているのに、わざわざ水を指すようなことはしたくなかったからだ。

私はステラとしてこの先も生きていく。

日本の両親には悪いが、私にとっては今目の前にいる両親の方が大切に思えるからだ。
娘思いで温かな……ステラの両親が好きだ。

「それでは大学へは家の馬車を使っていくのだろう?」

父が尋ねてきた。

「はい、そうなりますね」

そういえば、1人で大学へ行くのは久しぶりに感じる。そんなことを考えながら返事をした――


****


 馬車が大学の正門前に到着し、16時にまた同じ場所に迎えに来てもらうことを告げると私は馬車を降りた。

「そう言えば、1人で授業を受けるのも久しぶりな感じがするな……」

校舎へ向かおうとしたとき。

「ちょっと待ちなさい! ステラッ!!」

背後で甲高い声が聞こえた。あの声は……。

「またなの? 一体私に何の用があるのよ?」

ため息をつきながら振り向いた。

「ありすぎるほどの用があるわよ! だからあんたを呼び止めたんでしょう? ところで今日は1人なの? ナイトのエドワード様はどうしたのかしら? それとも愛想を尽かされた?」

はぁ? ナイト? もしかしてエドがナイトだとでも言いたいのだろうか?
エドが私のナイトと言われたことで、心底嫌そうな顔を浮かべてしまったのだろう。

「何よ。その不服そうな顔は……大体あんたは贅沢すぎるのよ! 美人で裕福な上に、この世界のヒーローまで手に入れてしまうなんて……許せないわ! 悪役令嬢のくせに!」

カレンがあまりにも大きな声で喚き立てるものだから、大学構内にいた学生たちが私達を見てヒソヒソ話し始めている。

「またあの2人か……」
「飽きないものだな」
「口論なら他でやって貰えないかしら」

私は極力目立ちたくない。地味な学生生活を送りたいだけなのに……カレンのせいで台無しにされている。それにもういい加減に決着をつけたかった。
カレンもその事に気づいたのだろう。舌打ちすると、私を睨みつけてきた。

「まだ授業が始まるまで時間があるわ。少し顔を貸しなさいよ」

まるで不良の呼び出しのようだ。

「分かったわ。いいわよ」

カレンの正体を知るためにも、ここは誘いに応じた方が良いだろう。

「それじゃ、行くわよ」

そして私はカレンに連れられて、校舎の裏手へ移動した。


****


私達がやってきたのは、手入れが行き届いていない荒れた中庭だった。

「ここは旧校舎の中庭だから、誰も来る人がいないのよ。話をするには丁度良い場所なのよ」

「そうなの、色々詳しいのね」

私の言葉にカレンは鼻で笑った。

「当然でしょう? ここは私がやり込んだ、乙女ゲームの世界なのよ。ある日、目が覚めたらこの世界に転生していた時は本当に驚いたわ。しかもヒロインによ!? こんな嬉しいことってある?」

「……ふ〜ん。そう」

まるで狂気に満ちた瞳でペラペラと話すカレン。
気のない返事をすると、カレンは目を吊り上げた。

「何よ! その態度……大体、あんたは悪役令嬢のくせに何故エドワード様と結ばれるのよ! あり得ないわ! 本来なら、あんたは彼に断罪されるべきなのに!」

もう、これ以上カレンの妄想には付き合っていられない。大体私は別にエドと結ばれてなどいないけど?

「あのねぇ。ここが乙女ゲームだか、何だか知らないけれど複数の男性に手を出すほうがどうかしていると思わないの? ましてや全員婚約者がいたでしょう?」

すると……。

「うるさい! 私はこの世界のヒロインなのよ! 全ての男性たちに愛されて当然なのに……あんたのせいで何もかもぶち壊しよ!!」

「はぁ!? 被害妄想も甚だしいんじゃないの? 大体……」

口を開きかけた時。

「うるさい! 悪役令嬢のくせに、私に指図するな!」

カレンは私を強く突き飛ばした。

「あ!」

はずみで後ろに倒れた瞬間。

ガツンッ!!

頭に強い衝撃を受け……目の前が真っ暗になった――