馬車が到着したのは、アボット家の近所だった。

「驚いたな……まさか、こんなすぐ近くに魔女の店があったなんて」

その店はアボット家の邸宅に隣接する市営公園内で営業している小さな喫茶店だった。

「公園があるのは知っていたけど、まさか喫茶店があるなんて思いませんでしたよ。でも何故エドはここに魔女の店があることを知らなかったのですか? 名簿を持っていましたよね?」

2人で喫茶店の中を窓から覗き見しながら、コソコソと話す。

「確かに名簿は持っているけど、そんなに目を通していたわけじゃないんだ。ただ、大学の近くに魔女の店があるって噂に聞いていたから調べてみたんだよ」

「なるほど……そういうわけでしたか……あ! 見て下さい! 店の奥のカウンターに女性がいますよ?」

「あの頭にターバンを巻いた女性のことだよな? 確かに魔女と言われれば、魔女っぽくも見える……」

「あれ? 何処かへ行くみたいですね」

見ていると魔女らしき女性がカウンターを出ていく姿が見えた。

「本当だ……休憩にでも入るつもりだろうか……見たところ客の姿もないし、閑散としているしな……」

「でも、こんな店ではお客も寄りつきにくいんじゃないですか? だって店内も薄暗くて雰囲気悪いですよ?」

「確かにステラの言うとおりだ。俺もそう思っていたんだ」

その時――

「悪かったわね、雰囲気の悪い店で」

私達の真後ろで声が聞こえた。

「「え!?」」

その声に驚いて2人一緒に振り向くと、腕組みしながら仁王立ちに立つ魔女?
の姿。

「ええ!? い、いつの間に!?」

「この俺が……まさか後ろを取られるとは!」

すると……。

「あんたたち……営業妨害するつもりかしら?」


そして魔女は不敵に笑った。


****


 今、私とエドはカウンター席に座って紅茶を飲んでいた。

正面にはバンダナを巻き、胸元が大きく開いた紫色のドレスを着た女性が立っている。
年齢は……30代前後だろうか?

「なかなか美味しい紅茶ですね。店内は薄暗くて、手入れも行き届いていませんし。気が滅入ってきそうな雰囲気ですけど……まぁ、あまり来ることもないので妥協しましょう」

「うん、ステラの言う通りだ。店は汚いが紅茶の香りがいい。だが、少々値が高いんじゃないか? お金は持っているが、たかがこの程度のお茶に支払う金額じゃないと思うな。だから客が来ないんじゃないか?」

私とエドの話を女性は苦虫を噛み潰したかのような顔つきで聞いている。

「いくら何でも、そこまで文句を言ってくるとは思わなかったわよ」

「でも言われても仕方ないじゃありませんか。だいたい、何です? その胸元の大きく空いたドレスは? 喫茶店で働くイメージじゃないですよ。まるで場末の酒場のイメージですよ」

「ああ、俺もそう思う。ここは公園内に設置された喫茶店だ。子供連れの家族だって立ち寄ることがあるだろう。そんな不健全なドレスを着ていると、ますます客足が遠のくぞ」

私もそうだが、エドも随分言いたいことを言っている……おかしい、何かが変だ。
普段の私なら絶対にこんなこと口にしないのに……心の声を勝手に口にしてしまっている。

「それで、2人でこそ泥のように私の店の前で何を嗅ぎ回っていたのかしら?」

「こそ泥とは失礼だな。これでも身分は隠しているが、俺は王子だ」

「へ〜……あんた、王子様だったんだ」

魔女の目が怪しく? 光る。

うわぁあ〜……身分を隠しておきながら、王子って言っちゃったよ……。
そこですかさず私はエドを注意することにした。

「ちょっとエド! 何身分を明かしちゃってるんですか! 馬鹿なんですか?」

キャ〜!! 
王子のエドに向かって……馬鹿呼ばわりしてしまった!!

「馬鹿? 俺が馬鹿だって? 言っておくがステラより頭が良い自覚はあるぞ? むしろ馬鹿という言葉はステラに似合っていると思うな」

「ハァ? 何ですか! それ! 私はこの世界の人間じゃないから、勉強がわからないんですよ!」

マズイ! つ、ついに……自分の秘密を暴露してしまった!
どうして? 勝手に思ったことを言葉にしてしまうのだろう?

ま、まさか……紅茶の中に……何か淹れられた……? 思わず冷や汗が流れてくる。

「へ〜。この世界の人間じゃないですって?」

すると……魔女が興味深げに身を乗り出してきた――