「もうすぐ大学に到着するな」

窓の外を眺めるエド。

「ええ、そうですね」

「ところで、ステラ。少し頼みがあるんだけどいいよな? だって俺たち友人だろう?」

「は、はぁ……そうですね」

何だろう? 嫌な予感がする……。

「大学内では、俺とステラは恋人同士ってことにさせてもらえないかな?」

「はぁ!? 何ですか? それ!」

「さっきも言ったけど……この姿をしていると、何かと厄介なことに巻き込まれるんだよ。だから、ステラは俺の防波堤になってもらいたいんだ」

「それって、私に何の利益があるんですか?」

思わず恨めしそうな目でエドを見る。

「利益? 利益かぁ……」

首をひねるエド。

「あのですねぇ、ボッチの私と友達になってあげるって言うのは、まだ理解できます。でも、おにぎりという見返りを要求していますよね? それに自分の厄介事を回避するために私に恋人のフリをしてもらいたいなんて、自分の要求ばかり求めていません?」

「まぁまぁ。ステラが困ったときにはいつだって俺が助けてあげるし、おにぎりのお礼はおいしい料理でお返しするっていうのはどうだい? ステラは甘いお菓子は好きかな?」

「……甘いものは苦手ですけど……チーズケーキなら好きですね」

社畜時代、私が唯一ストレス解消の為に食していたスイーツはチーズケーキだった。
あれなら美味しく食べることが出来たっけ。

「チーズケーキか……よし、分かった。なら今日の放課後、早速買ってあげよう。俺も甘いものは正直苦手なんだけど、チーズケーキなら許容範囲だ。お? 丁度大学に到着したな」

エドは自分で扉を開けると、先に降りて私に手を差し伸べてにっこり笑った。

「それじゃ、降りようか? ステラ」

朝日の中で笑顔のエドは……やっぱり、王子様のようにイケメンだった……。


「俺は特別扱いされている学生だから、どんな講義出ても大丈夫なんだ。今日からずっとステラと同じ講義を履修することにしたよ」

何故か私の手をしっかりホールドしながらエドは上機嫌で大学の敷地を歩いている。

先程から女子学生達のエドに向ける熱い視線と、私への嫉妬の視線が痛くてたまらない。

「エド……私達、随分注目されているみたいですけど……?」

エドに小声で尋ねる。

「そうかな? 別に、いつもと変わらない状況だから気にしていないよ。むしろ、誰も声をかけてこないから気楽でいい。やっぱり持つべきものは友かな?」

そして笑顔を向けてくる。

う! ま、眩しい……! 太陽のように眩しい笑顔だ。
うん、間違いない。エドは……この世界のヒーローに違いない。

その証拠にエドの美貌を褒め称える女子学生達の声が風に乗って聞こえてくる。

「やっぱり、エドワード様は素敵だわ」
「目の保養になるわね」
「この世に、あんなに美しい男性がいるなんて……」

だけど、これは私にとって喜ぶべき状況ではないのは確かだ。

「それにしても何? 隣の女性は」
「目つきが悪くて性格が悪そうよね?」
「あら! あれは……ステラ・アボットさんよ! あの悪女の!」
「もしかして、エドワード様は騙されてしまったのかしら?」

「何てお気の毒なの……」

酷い言われようだ。
エドの美を称えるよりも、私に対する批判が集中している。

「エ、エド!」

「何だい? ステラ?」

甘い声で私に微笑むエド。そしてあろうことか、肩を抱き寄せてくる。
途端に私に対する、刺すような視線が強まった……気がする。

「まぁ! 肩を抱き寄せたわ!」
「ど、どうしてあんな悪女に……!」

いや、気のせいではない。

「エド。やっぱり恋人のふりなんてやめましょうよ! さっきから私、殺気を感じているんですけど」

「アハハハ。ステラは冗談がうまいな? さっきに殺気か……センスあるね」

「冗談なんかじゃなく、本気で言ってるんですよ! 私は細く、長く生きたいんです! 目立ちたくないんですよ! 誰かに恨まれたくないんですってば。何かあったらどうするんですか!」

「大丈夫。俺が側にいる限り、ステラに手出しはさせないって。だから四六時中、一緒に行動しよう?」

「はぁ!?」

いや、そもそもエドと一緒にいなければ、大丈夫なんじゃないの!?

そのとき、エドのポツリと呟く声が聞こえてきた。

「……ステラとはぐれたら、オベントウを食べそこなってしまうしな」

あああっ! やっぱりだ!
私のお弁当だけが目的だったんだ!

何としても……せめて、おかずだけは死守しなければ!

こうして私は手を引かれたまま、エドと一緒に教室へ向かった――